2022 年 52 巻 p. 1-5
私たちの多くは、目を開くだけで自分を取り囲む光景やその中にある様々のモノを即座に認識し、また多彩な形や質感に満ちた世界を体験する。この驚くべき認識能力は眼と脳の情報処理に支えられている。20世紀の視覚研究は、線画やCG立体といった人工的な視覚刺激を用いてその仕組みを追求し、脳は二次元の画像から三次元世界を復元して情景や物体を認識する、という理論を提唱してきた。しかし、この理論は複雑な現実世界の知覚を全く説明できない。森の小道、食卓の上の柔らかな花束……私たちがふだん体験しているリッチでリアルな「見える」世界は、脳のどのような情報処理により生み出されるのだろうか? 本稿では、最新の研究成果を通して、限られた処理能力しかもたない人間の脳が網膜像からどのように複雑な光景や物体を認識しているかを解説する。