労働安全衛生研究
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巻頭言
労働安全衛生のルール作りと科学的根拠
大幢 勝利
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2024 年 17 巻 1 号 p. 1-2

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労働安全衛生に関する法令やガイドライン等の制定や改正においては,近年,科学的根拠(エビデンス)を求められることが多くなっている.今までの法令による規制を強化する場合もあるが,科学技術の進歩により緩和する方向に向かうこともあることから,本稿の題目は単にルール作りとした.題目があまりにも幅広いが,ここではその一例として建設業における墜落・転落災害防止対策の最近のルール作りの流れと,研究成果に基づく科学的根拠について紹介することとする.

建設業は建物や橋梁などの構造物を作ることを主とする業種であることから,必然的に高所作業が多くなり,墜落・転落による労働災害が多発しているのが現状である.建設業における死亡災害の事故の型別分類を「職場のあんぜんサイト」で調べると,ここ数十年において墜落・転落によるものが約4割を占め最も多く発生している.「職場のあんぜんサイト」は,厚生労働省等が発信する労働安全衛生に関する情報をわかりやすく取りまとめたサイトであるが,このような統計値をすぐに取り出すことができる有用なサイトである.令和5年度から当研究所で管理・運営することとなり,ぜひご活用いただきたい.

さて,墜落・転落災害の話に戻すが,このような労働災害の発生状況から,特に足場からの墜落災害防止対策はこれまでに重点的に実施されている.最近では,足場に係る労働安全衛生規則(以下,「安衛則」という.)の改正が,平成21年,27年,令和5年に実施され,足場からの墜落災害防止対策が順次強化されている.また,「足場先行工法に関するガイドライン」,「手すり先行工法等に関するガイドライン」等により,安全な足場での作業が推奨されている.これらの法令やガイドライン等の制定・改正の一連の流れにおいては,科学的根拠として労働安全衛生に関する研究の成果が活用された場合があり,逆に言えば活用されない場合も多くあり,研究成果のみでは決められないルール作りの難しさがある(実行可能性や経済性等も踏まえると,「科学的根拠がある」=「ルールになる」,というものでもない).

一方,足場以外からの墜落・転落災害防止対策として,当研究所と公益社団法人日本保安用品協会,日本安全帯研究会が協力して平成23年に「屋根・建物からの墜落防止のための検討委員会」を設置し,平成24年にその報告書「補修工事等における屋根・建物からの墜落防止工法及び関連器具について」を作成し,webページで公表するなど広く周知することに努めた.これは,平成23年に発生した東日本大震災で被害を受けた建物の解体や改修工事において,足場の設置が困難な場合が非常に多く墜落・転落災害が多発していたことから,その対策として親綱や安全帯(現在は,墜落制止用器具)などを使用した墜落・転落災害の防止対策について緊急に取りまとめたものである.さらに,この報告書をベースに屋根からの墜落実験等の研究成果を加え,平成26年に厚生労働省により「足場の設置が困難な屋根上作業 - 墜落防止のための安全設備設置の作業標準マニュアル」が取りまとめられ,さらに幅広い普及が推進された.労働安全衛生のルール作りに科学的根拠が活かされた事例である.

平成30年からは,厚生労働省により「建設業における墜落・転落防止対策の充実強化に関する実務者会合」が開催され,平成4年に報告書が取りまとめられた.同報告書では,今後講ずべき対策として以下の対策が示された.

1.屋根・屋上等の端・開口部等からの墜落・転落災害の防止対策について

2.足場の通常作業中の墜落・転落災害の防止対策について

3.足場の組立・解体中の墜落・転落災害の防止対策について

4.足場の壁つなぎ間隔について

1では,屋根・屋上等の端・開口部等からの墜落・転落災害のように,足場以外からの災害防止対策の必要性が盛り込まれている.前述した「足場の設置が困難な屋根上作業 - 墜落防止のための安全設備設置の作業標準マニュアル」を見直し,最新の木造家屋建築工事の墜落・転落防止対策,近年増加傾向にあるはしご・脚立等からの墜落防止対策とそれに付随した内装工事等での墜落防止対策及び2m未満の低所からの墜落防止対策並びにフルハーネス型墜落制止用器具に関する法令改正の内容等を盛り込むこととされた.その中には,労働安全衛生に関する研究の成果も盛り込まれる予定である.

4の足場の壁つなぎ間隔については,労働安全衛生に関する研究成果が活用されたものである.最近,普及が著しいくさび緊結式足場においては,従来の単管足場に比べ強度が高いため,安衛則で規定されている壁つなぎ間隔を緩和してはどうかとの要望があった.このため,実物大のくさび緊結式足場を用いた実験的研究が行われ,その結果から壁つなぎ間隔を安衛則の規定よりもさらに広げられることが明らかになった.同報告書では今後も,風荷重等,足場に関する新たな科学的知見の更なる収集を図り,データに基づいた対応を検討する必要があるとされた.

最後に,ここでは紹介しきれないものも多くあるが,以上のように,労働安全衛生のルール作りにおいて多くの科学的根拠が活かされている.今後も,本誌で発表された研究成果が労働安全衛生のルール作りに活かされ,社会に役立っていくことを期待する.

 
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