抄録
最近の職場における健康問題は,ごく低濃度の化学物質のばく露が原因で引き起こされることがほとんどである.有機溶剤等の化学物質は許容濃度以下の低濃度でにおいを生成する場合があり,その影響が過敏症状等の発症に関連する可能性も懸念されている.においによる病的状態の発症機序として,家庭あるいは職場環境に由来する化学物質のばく露によって種々の健康影響がもたらされた際,その時に嗅いだにおいが苦痛や恐怖心とともに記憶され,後に同様なにおいをわずかでも嗅ぐと不快な症状が誘発されるという「嗅覚嫌悪条件づけ仮説」があるが,実証実験はほとんど行われていない.そこで本研究ではラットを使用し,低用量の有機溶剤による嗅覚嫌悪条件づけが成立しうるのか,また,有機溶剤が条件刺激(conditioned stimulus, CS)として機能しうるのかをキシレンを用いて検証した.その結果,従来の味覚刺激をキシレン水溶液による「におい」刺激に置き換えても,嫌悪条件づけ手続き後の嗜好テストにおいてCSへの回避反応が生じており,「におい」を条件刺激とする嫌悪条件づけが成立する結果が得られた.すなわち,本実験で使用した濃度であればキシレン水溶液もCSとして有効に機能することが示唆された.今後はさらに検討を重ね,条件づけ仮説の検証のみならず本研究法を応用し,未知の化学物質の毒性の見極め,様々なCSの使用による有効性の検討,嫌悪条件づけ成立後の「におい」に対する閾値変動の有無を客観的に調査する方法等の模索も視野に入れ,研究を進めていく予定である.