抄録
本論文では, 京都の東山と洛中の中間に位置した近世の祇園社とその周辺において, 名所図会などの絵画史料や紀行文などの文献史料から, 近世を通して培われた境内と境外の景域の構成と, その接続関係を示した. 近世祇園社の領域は, 概ね境内, 二つの門前, 林地の各部分から構成され, 南側と西側にそれぞれ門前町を有した. これらの領域では, 二つの門に対応する日本の交わる軸を持ち, これらに従って構成されていた. それぞれの場に応じて, 庶民的な遊興と参詣の行為とが混合した独自の利用法が確立されていた. このようにして, 洛中から東山に至る間の段階的な境界領域を, 広い山辺の中に形成していたことが明らかになった.