2020 年 26 巻 p. 44-59
気候変動は「新しい生態系」をもたらし,わたしたちは生きるために新しい物質代謝(マテリアリティ,知識,実践の相互作用)を手探りしている。不確実性の中で確実性を確保するため,かつてなく科学技術となめらかにつながった統治は日常の細部までに及ぶ。歴史的に慣れ親しんできた地球らしさ,人間らしさに寄りかかれないまま,わたしたちは社会実験的日常に生きざるをえない。こうした社会実験的日常の中で,専門家,専門知,そして素人はどのように再編されようとしているのか。いったいその再編はわたしたちに何をもたらそうとしているのか。
本稿ではこの問いを考える上で,喪失と創作のダイナミズムに着目する。そして,人間の社会実験的な日常の中に放り込まれたサケが,その存在をいくつかにつくり分けられていく様子を描く。その描写は,「気候危機に対処しつつ,わたしたちはどうサケを食べ続けられるのか」という問いへの解,生きものの姿から解放された培養サケ肉という創作の現場にたどりつく。それは,科学的にも,倫理的にも,社会的にも単独の解を出せないまま,解を模索しながら製品をつくる場だ。この製品の市場では,消費者としての素人も含め,関心をもつ多種多様なアクターが,複合的解と製品の形を決めるためのコミュニケーション・交渉相手として現れることが期待され,実際に現れる。本稿では,品質経済とハイブリッド・フォーラム(M.カロン)を手がかりに,消費者として参加する素人たち,専門知,専門家について,その関係性と相互作用を考察する。