視覚の科学
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総説
特集:コンタクトレンズ 一般コンタクトレンズの進化と未来
二宮 さゆり
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2021 年 42 巻 4 号 p. 80-85

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要旨

近年,ソフトコンタクトレンズ(以下,SCL)は素材と光学デザインの両面において目覚ましく進化している。世界的な傾向としてシリコーンハイドロゲル素材SCL,1日使い捨てタイプSCLの割合が増えており,世界第二位の市場規模である日本でも同様の傾向がみられている。しかし種類別にみると,日本では処方の大半が単焦点SCLであり,乱視用SCLや老視用SCLの処方は世界平均にも満たない処方状況となっている。多様化してゆくSCLの特徴をしっかり理解し,目的に合わせて適切に処方する必要がある。

Abstract

In recent years, soft contact lenses (SCLs) have evolved remarkably in terms of materials and optical design. Use of silicone hydrogel SCLs and daily disposable SCLs has increased worldwide, and the same trend is apparent in Japan, the second largest market in the world. However, most prescriptions in Japan are still single vision SCLs, and there are fewer prescriptions of toric and multifocal SCLs than the global average. This suggests a need to understand the characteristics of SCLs, which are becoming increasingly diverse, to ensure appropriate prescription of these contact lenses.

1. はじめに

日本におけるコンタクトレンズ(以下,CL)の歴史は,1950年代にハードコンタクトレンズ(以下,HCL)の登場に始まり,その後,1970年代に柔らかく装用感の良いソフトコンタクトレンズ(以下,SCL)が選択肢として加わった。そして1994年には,SCLを “使い捨てる” という時代が幕開けした。2000年に入るとSCLの素材革命とも言うべき高酸素透過性素材シリコーンハイドロゲル(以下,SHG)が開発された(図1)。現在,CL新規処方にHCLが占める割合は4パーセントまで減少し,その大半は使い捨てSCLとなっている1)

図1

日本におけるCLの歴史 

2000年以降,新素材SHGを得たSCLは,光学デザイン面でも進化し続けている。

2. 日本のトレンド

日本のCL市場規模は約2500億円(一般社団法人 日本コンタクトレンズ協会調べ),米国に次いで世界第2位となっている。しかし,処方されているCLのトレンドは世界(特に他の先進国)とはやや異なる。

装用周期からみると,日本人は1日使い捨てタイプ(以下,1Day)を好み,処方の約6割を占めている。次いで多いのは2週間交換タイプ(以下,2W)であり,両者で処方のほぼ全てを占めている状況である。世界的にも1Dayはシェアの半数に迫る勢いだが,次いで多いのは2Wではなく1ヶ月交換タイプ(以下,1M)というのは興味深い1)。そもそも日本には1Mの製品自体が少ないというのがその理由であろう(図2)。

図2

装用周期からみた1Day SCLの処方割合 

世界的に1Day SCLのシェアは伸びているが,日本人は特に1Day SCLを好む。

種類別からみた日本のSCL処方には明らかな特徴がある。処方の大半は未だに単焦点SCLであり,例えば1Dayの処方内訳では単焦点SCLの処方が75%を占め,乱視用SCLは17%,老視用SCLは5%と非常に低い(図3)。世界的には単焦点SCLの割合が徐々に減少し,乱視用や老視用SCLが積極的に処方されているのに日本で単焦点SCL以外の処方が進まない一因には, “どのようなSCLを処方しても,保険診療として計上できる診療費は同じ” という我が国ならではの事情もあり,乱視用,老視用SCLの処方は手間と時間がかかると敬遠されがちなのかも知れない。

図3

1Day SCLの処方内訳 

日本では,未だに単焦点SCLばかり処方されている。

3. 素材の進化

近年のSCL素材の進化は目覚ましい。まず,1970年~80年代にハイドロゲル素材(以下,HEMA:ヒドロキシエチルメタクリレート)において,酸素透過性を向上させるための開発競争が起こった(図1)。従来のHEMA素材は,含有する水を介して酸素を運ぶため,含水率を上げることで酸素透過性を向上させようとした。しかし,高含水SCLがその形状を保つには常に水分が必要で,涙液から水分を吸収し補っている。よって,夕方や瞬目が少なくなるPC作業時には,ドライアイ症状を感じるようになる。しかも当然ながら,含水率を極限まで上げても水の酸素透過係数(以下,Dk値※1)約80は超えられない。当時,ハードコンタクトレンズ(以下,HCL)の素材は酸素を透過しないPMMA(polymethyl methacrylate)から高酸素透過性のRGP(rigid gas permeable)に移行していたので,「HCLはSCLより眼に良い(酸素をよく透過する)」という認識に繋がり,今でもそう固く信じている長年のHCLユーザーもいる。

※1  酸素透過係数(Dk値)× 10-11 (cm²/sec)·(mLO₂/mL·mmHg)

しかし2004年に登場したSCLの新素材であるシリコーンハイドロゲル(以下,SHG)は,SHGそのものが酸素を高率に透過し,水のDk値をはるかに上回り,HEMAの3~6倍の酸素を透過するものであった(図4)。第一世代SHGは低含水でDk値140と酸素透過性が非常に高く,連続装用(就寝時にも装用可)も可能となった。最長1ヶ月の連続装用可能なO2 Optix(旧CIBA VISION, 現Alcon)は,再発性角膜糜爛などに対し治療用コンタクトレンズとして用いることもできた。しかし低含水ゆえに硬く,上部角膜上皮弓状病変(SEALs:superior epithelial arcuate lesions),乳頭性結膜炎(CLPC:contact lens-related papillary conjunctivitis)の合併症が問題となった。またSHGは疎水性のため,レンズ上に涙液を乗せるにはプラズマコーティングなど何らかの表面処理が必要であった。第二世代SHGでは,親水成分ポリビニルピロリドン(Polyvinylpyrrolidone。以下PVP)(図5)を加え含水率を上げることで柔らかくなり,水濡れ性も改善した。しかし含水率が上がったことでDk値は若干低下した。第三世代SHGは柔らかさと高Dk値の両立を目指して改良がなされ,第四世代SHGでは柔らかさと高いDk値の両立に加え,表面の滑らかさや水濡れ性の更なる向上を目指し,PVPの混合の仕方,長鎖シリコーン(酸素をより運び易い)の混合,レンズの表面を親水性ポリマーで覆うなどの工夫がされている2)(表1)。

図4

HEMAとSHGの酸素透過性の違い 

HEMAは水を介して酸素が運ばれるが,SHGはそれ自身が高率に酸素を透過する。

図5

ポリビニルピロリドン(PVP) 

PVPは人体に対し安全無害(不活性)で,古くから医薬・化粧品用途に用いられてきた水溶性高分子のーつ。

表1

シリコーンハイドロゲルの進化。硬さや表面の水濡れ性改善が重ねられてきた。

SHGは改良が重ねられ,課題であった硬さ(弾性率,単位:MPa)は,第一世代SHGのO2オプティックス(lotrafilcon A, Alcon)では1.5であったものが,第四世代SHGのマイデイ(stenfilcon A, CooperVision)では0.4となり,高含水HEMAと同等の柔らかさとなった。SHGを親水性ポリマーベールで包むことで潤滑性を向上させた製品(total ①,precision ①,共にAlcon)は,瞬目による球結膜とレンズエッジのこすれで生じるLid wiper epitheliopathy(LWE)の軽減や装用感の向上を図っている。SHG素材の進化により,2W SCLにおいてはSHGが全体の8割以上を占めるようになっている1)

4. 光学的デザインの多様化

1) 乱視用SCL

瞬目の度に,瞼の摩擦によりSCLには回転を伴う力が加わる(図6)。乱視矯正の無いSCLであれば,回転しても支障は無いが,乱視矯正を目的とした乱視用SCLでは,回転を防いで乱視軸を安定させる必要がある。回転を防ぐ主なレンズデザインはプリズムバラスト,ダブルスラブオフに大別される。

図6

瞬目時にSCLにかかる力の方向 

瞬目によりSCLは上から下に,そして鼻側方向に回転させる力が働く。

(CooperVision社HP画像より改変)

A) プリズムバラスト(図7)は,レンズの下方に厚みがある。これは,例えばヌルヌルしたスイカの種を指でつまもうとすると,種は厚い方から先に飛び出すように,レンズ厚みに差があると厚い方から先に飛び出ようとする特性を利用している。瞬目の度に上瞼から厚みがある方から押し出されることで,レンズのアライメントを良好に保つ。よって,瞼裂幅が広い眼や,水平方向に厚みのあるダブルスラブオフでは角膜3–9時方向の結膜に圧迫所見があり装用感が悪い症例に向く。

図7

プリズムバラストの軸安定機序 

レンズの下方に厚みがあり,厚い方から先に飛び出そうとする特性を利用している。

B) ダブルスラブオフ(図8)は,レンズの上下が薄く中央に厚みを持たせてある。薄い部分が上下の眼瞼に挟まれることにより,瞬目による回転が抑えられる。よってレンズを挟んだまま保持しやすい,瞼裂幅が狭く眼瞼圧が高い眼に向いている。瞼裂幅が広く瞼が薄い眼では図9のようにレンズのセンタリングが悪くなり,見え方も安定しにくい。

図8

ダブルスラブオフの軸安定機序 

上下が薄く中央が厚い。薄い部分が上下の眼瞼に挟まれることにより,瞬目による回転が抑えられる。

図9

センタリング不良の乱視用SCL装用症例 

CLの光学部のセンタリング不良や軸ズレが起こると見え方も安定しない。

乱視は見え方への影響も大きいので,臨床的には0.75 D~1.00 Dを超える乱視を有する場合は乱視用SCLを考慮することが多い。図10は2 Dの角膜乱視を有する眼の症例に,単焦点SCLを等価球面値で処方した場合と(上段),乱視用SCLを処方した場合(下段)の見え方を,波面収差解析を用いて比較したものである。乱視の矯正で格段に見え方が良くなることが示されている。

図10

乱視矯正の有無による,見え方の質の違い 

乱視矯正は良い見え方を得るために重要

乱視用SCLは乱視軸を安定させるプリズムバラスト部など,通常の単焦点SCLよりも厚みがあり,レンズ径もやや大きめとなっていることが多い。よってその分,酸素透過率(Dk/t値※2

※2  酸素透過率(Dk/t値)× 10-9 (cm mLO2/sec·mL·mmHg)

は低くなる。図11に,同じデザインで素材違いの乱視用SCLの酸素透過率カラーマップを示す。HEMAの乱視用SCLは全体に暖色で,特に下方周辺部では酸素透過率が低いことが判る。一方,SHGの乱視用SCLは全体に寒色で,酸素を十分に透過する。乱視用SCLの素材は通常の単焦点SCLにもましてSHGの方が望ましい。
図11

乱視用SCLの酸素透過率 

乱視用SCLは素材によって酸素透過率の差が大きい。

(CooperVision社提供資料より改変)

5. 老視用(遠近両用)SCL

現在,日本で市販されている老視用SCLは,二重焦点型2Weekメニコンプレミオ遠近両用(高加入)と,遠・中・近の度数が年輪状に連続して配置されているSEED 1dayPure EDOFを除き,大半が累進屈折型となっている。そして,そのほとんどは中心近用のデザインとなっている。累進屈折型は焦点深度を拡張して見えると “感じる” 許容範囲を広げているが,加入度を上げるほど全体のコントラスト感度は低下してしまう。累進屈折型の老視用SCLが実用段階に入ったのは2000年頃だが,この20年間でデザインは大きく変化している。例えば初期デザインのFocus progressives(旧CIBA vision,現Alcon)は中央部分に限局して大きく近見加入されたデザインとなっており,遠方から近方までカバーさせたいという意図がみられる。一方,近年のAir Optix Multifocal(Alcon)では,近見加入部分が比較的広く,周辺の遠見部分に向かってなだらかに移行しているデザインとなっていることが判る。両眼を合わせて,遠方から近方までカバーするという処方方法に合うデザインに変化しているようである。高加入タイプ(以下,Hi)は近見有利に設計されている。低加入タイプ(以下,Low)は遠見有利に設計されていて,単焦点(以下,SV)との差も少ないことが判る3,4)(図12)。

図12

累進屈折型SCLの屈折度数分布比較 

初期型と現在型のデザインは全く異なる。

(参考文献3より改変)

老視用SCLの処方方法は,優位眼を遠方優位,非優位眼は近見優位にするのが一般的だが,患者の生活実態に合わせた微調整も多々必要となってくる。処方に時間がかかって面倒,患者が新しい見え方に慣れるまで一定期間を要するなど,なかなか積極的な処方に繋がっておらず,日本での老視用SCLの処方割合は全体の5%と,世界平均14%にも及ばない状況となっている。

また老視世代は涙液分泌と涙液層の安定性低下がみられ5)(図13),ドライアイによる見え方の悪さを自覚し易いので,老視用SCLは乾き難く高酸素透過性で装用感の良いSGH素材であることが望ましい。しかし現在のところ,日本人の好む1Dayタイプの老視用SCLはTotal①(Alcon)1種のみであり,普及の足かせになっている。2022年にはMyDay® Multifocal(CooperVision)が加わる予定であり,シンプルな処方方法としてBinocular Progressive Systemが提案されている。年齢や必要加入度数に関わらず,優位眼は遠方重視でLowとし,非優位眼には近方を見るのに必要な加入度数の入ったタイプを選ぶ。今後は更に老視用SCLの選択肢が増え,処方方法も簡便化されることによって,普及が進むことを期待したい。

図13

加齢と涙液層破壊時間(BUT) 

加齢と共に涙液層の安定性が低下する。

(参考文献4データよりグラフ作成)

6. おわりに

近い将来,SCLは単なる視力矯正の手段ではなく,光学的な工夫を凝らされた治療手段ともなっていくだろう。例えばデジタルデバイスの普及により,若い世代でも眼精疲労を訴える時代となっているが。調節への刺激を軽減し高周波領域の調節微動抑制を期待した低加入SCLは既に製品化されている。また数年先には近視抑制治療を目的とした若年者への多焦点SC処方も一般化してゆくだろう。処方者である眼科医は,多様化してゆくSCLの特徴をしっかり理解し,目的に合わせて適切に処方する術を学んでいかねばならない。

利益相反

利益相反公表基準に該当なし

文献
 
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