視覚の科学
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原著
OCT角膜前後面形状データを用いた角膜収差を軽減する新しいコンタクトレンズ設計手法の提案
佐伯 謙太朗永堀 智一久保田 慎John Clamp大沼 一彦椎名 達雄
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2022 年 43 巻 2 号 p. 35-43

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要旨

【目的】角膜収差を軽減するコンタクトレンズの新しい設計手法の確立

【対象と方法】Stage 1の円錐角膜の初期段階の傾向がみられる乱視眼,Amsler-Krumeich分類で分類したStage 1及びStage 4の円錐角膜眼を対象とした。OCT角膜前後面形状データを用いて,光線の光路長を一定,CL後面と角膜前面形状が同一という条件のもと,2次元光線追跡から最適な位置におけるハードコンタクトレンズの前面形状座標を算出し,装用前後の収差量及びMTFをシミュレーション評価した。

【結果】全ての対象において,CL装用後に収差量の改善がみられた。また,水晶体に収差がないという条件で,CL装用後の乱視眼及びStage 1の円錐角膜眼は,視力1.0以上である結果が得られた。角膜形状変化が大きいStage 4の円錐角膜眼においても,CL装用前のタンジェンシャル方向のMTFが0.010,サジタル方向が0.003であるのに対して,CL装用後はそれぞれ0.075,0.038と改善し,視力 0.4~0.5程度の結果が得られた。また,2~4次収差のRMS値が5.483 µmから1.273 µmへと減少した。

【結論】2次元光線追跡による新しいCL設計は,対象全てにおいて収差量及びMTFの改善を示した。本設計は,乱視眼及び円錐角膜眼に対して有効であることが示唆された。

Abstract

Purpose: To establish new contact lens (CL) design method to reduce corneal aberrations.

Method: The subjects were astigmatism eye with initial stage tendency of Stage 1 keratoconus and keratoconus eyes of Stage 1 and Stage 4 which were classified by the Amsler-Krumeich classification. We designed the anterior surface of HCL from two-dimensional ray tracing in the optimal position by using the corneal anterior and posterior shape data by OCT measurement under the condition that the optical path length is constant and the shape of the CL posterior surface and the anterior surface of the cornea are the same. And then we evaluated the aberrations and Modulation Transfer Function (MTF) before and after wearing the designed CL.

Result: In all subjects, the aberrations were improved after wearing the designed CL. In addition, as a result of calculating the estimated Visual Acuity (VA) from MTF, VA 1.0 or more was obtained in the astigmatism eye and Stage 1 keratoconus eye after wearing the designed CL under the condition that there are no aberrations in the crystalline lens. Also, even in the Stage 4 keratocouns eye, which has a large change in the corneal shape, although MTF in the tangential direction was 0.010 and the sagittal direction was 0.003 before wearing CL, they were improved to 0.075 and 0.038, respectively. And the RMS value of the 2nd to 4th order aberrations decreased from 5.483 µm to 1.273 µm, too.

Conclusion: The new CL design by two-dimensional ray tracing improved the aberrations and MTF of all the subjects. This design is effective for the astigmatism and keratoconus eyes.

1.緒言

近年,円錐角膜眼のような眼疾患や眼損傷により発生する不正乱視を矯正することを目的としたレンズが登場している。現在では,Extended Depth Of Focus(以下EDOF)レンズ1や近視抑制に使用されるオルソケラトロジー2のようなレンズが注目を浴びているが,眼疾患等による不正乱視矯正には適していない。そこで登場したレンズとして,波面収差を利用して設計されたスクレラルレンズがある。レンズ自体は,カスタムメイドタイプであり,眼疾患及び角膜損傷した複雑な眼に対して有効であるとされている3),4。しかしながら,波面収差は,使用する項の選択が曖昧であることや測定環境にとても敏感であり,特に角膜形状の変化が大きい眼に対しては適用できない。スクレラルレンズに関しては,近年素材開発の発展と共に変化してきてはいるが素材によっては角膜が極度の低酸素状態にさらされることや人工涙液の交換を装用中に複数回行う必要がある3。Ramkumar Sabesan et al.の研究によるとそれらのレンズは,高次収差は効果的に補正されるものの,良好な視力が得られなかったと報告している5。また,現在市販されている不正乱視用レンズの問題点としては,カスタムメイドタイプではない為に起こる視力の矯正力の問題,或いは角膜突出部とレンズとの点接触6による不快な装用感が挙げられる。その不快な装用感に対して,ピギーバックシステムと呼ばれるソフトコンタクトレンズ(以下SCL)の上にRigid Gas Permeable(RGP)レンズを装用する手法も登場した7

Rafael G. Gonzalez-Acuna et al.は,2019年に球面収差及び非点収差を失くす数学モデルを報告した8。報告では,光線追跡をする際に全ての光線の光路長を同一にする条件を用いて,様々な自由曲面形状に対して3次元光線追跡を行ったシミュレーション結果を記載している。光路長を一定にすることで,各光線の焦点を結ぶ位置を理論的に1点にすることができる。つまり,収差のないレンズ設計が可能である。しかしながら,報告では球面収差及び非点収差のみに注目しており,CL設計の観点からは一般的に球面収差はコーニック定数により非球面性をもたせること,非点収差は乱視用レンズで矯正可能である。

そこで本研究では,OCT角膜前後面形状データを用いた角膜収差を軽減する新しいCL設計手法の提案を行う。実際の角膜前後面形状を設計に反映することで,良好な矯正力が得られると考え本研究に至った。CL設計に関しては,各光線の光路長を同一にし,CL後面形状と角膜前面形状を同一形状にするという条件のもとで2次元光線追跡を行い,対象として乱視眼及び円錐角膜眼2種の合計3眼を用いた。そして,角膜形状及び算出したCL前後面形状の結果は,光学シミュレーションソフトであるOpticStudio Zemax(Zemax Japan株式会社,バージョン:21.1.2)で有効性を評価した。本報告では,2次元光線追跡による解析手法の提案及びその有用性と限界について求めることとした。

2.対象と方法

本研究は,ヒトの情報を使用する観点から倫理指針を遵守した上で,倫理委員会の承認を取得している。ヒトの情報として,波面センサーでは収差測定が出来ない場合でも角膜形状測定が可能である前眼部OCT CASIA®(TOMEY社:SS-1000,以下OCT)の出力データである角膜前後面Height dataを医師からのデータ提供を受け使用した9。本装置を選択した理由として,角膜前面形状のみならず角膜後面形状が測定可能である為,より実用的なレンズ設計が可能であると判断したからである。測定データは,角度が11.25°毎の32方向(16スライス分の角膜断面情報),半径が5.1 mmの形式である。対象として,眼科での診断において乱視及び円錐角膜と診断経験のある共同研究者の3名の協力を得た。それらは,被験者AのStage 1の円錐角膜の初期段階がみられる乱視眼(左眼),円錐角膜の重症度分類を示すAmsler-Krumeich分類によって判定した被験者BのStage 1(右眼)の円錐角膜眼,及び被験者CのStage 4(左眼)の円錐角膜眼の計3眼を採用した10。図13には,角膜前後面の屈折力分布を示し,それぞれ左図が角膜前面,右図が角膜後面である。示した図は直径10 mmであり,図内の数値の単位は,Diopter(以下D)である。乱視眼における角膜前面の最大屈折力が44.9Dに対して,Stage 1及びStage 4の円錐角膜眼の最大屈折力はそれぞれ49.4 D,71.7 Dであった。また,角膜後面の最大屈折力は,乱視眼で-6.4 Dに対して,Stage 1及びStage 4の円錐角膜眼の最大屈折力はそれぞれ-8.2 D,-13.3 Dであった。図4には,Stage 4の円錐突出を認めた方向の角膜断面図を示す。角膜断面図から,特に角膜後面の左右の曲率が違うこと,中心付近の角膜厚が菲薄化していることが読み取れ,同時に角膜後面形状を考慮した設計が必要であることが分かる。

図1

被験者AのStage 1の円錐角膜の初期段階がみられる乱視眼(左眼)の屈折力分布

左図:角膜前面 右図:角膜後面

CASIA®のAxial Power Keratometric, Posterior data

図2

被験者BのStage 1円錐角膜眼(右眼)の屈折力分布

左図:角膜前面 右図:角膜後面

CASIA®のAxial Power Keratometric, Posterior data

図3

被験者CのStage 4円錐角膜眼(左眼)の屈折力分布

左図:角膜前面 右図:角膜後面

CASIA®のAxial Power Keratometric, Posterior data

図4

被験者Cの円錐角膜眼(Stage 4) OCT形状測定結果

(68°-248°方向断面)

Rafael G. Gonzalez-Acuna et alは,光線の光路長を同一にし複雑な自由曲面形状に対して3次元光線追跡を行ったが,本手法はCL設計の観点を解析に応用した5。より実用的なレンズ形状の算出を行う為に,光線の光路長を同一にするだけではなく従来考慮していない角膜後面及び涙液層を解析に使用し,かつ従来の点接触から面接触になるようにCL後面形状を角膜前面形状と同様の形状で設計することで装用感に対しても配慮した。さらに,CL後面形状と角膜前面形状を同一形状にすることで瞬目等でレンズが動いても元の位置に戻ることが報告されている為,軸安定性の設計工夫とし,位置ズレのない最適な位置でのCL前面形状を症例データ毎にカスタム設計した。2次元光線追跡手法の模式図を図5に示す。光線追跡に関して,既出の報告にて良好な結果が得られているが,提案手法における光学設計の詳細な解析が行われず,手法の可能性があることのみ示していたこと及びOCTが断層測定であることを考慮に入れ2次元光線追跡手法を採用した11n1n2n3n4は,それぞれ房水屈折率1.336,角膜屈折率1.376,涙液屈折率1.336,CL素材屈折率1.455である。涙液層の厚みに関しては,本手法では光学面のみ形状算出を行っている点や角膜前面とCL後面を同一形状にしていることから,涙液層厚みを0.01 mmと一定にした。また,レンズの種類としてハードコンタクトレンズを想定し,CL中心厚み0.2 mmを使用した。光線追跡に関しては,網膜位置からスタートし,CL前面から平行光が出射するよう計算した。本手法は,今回のように平行光だけではなく,ある位置に焦点をもつように設計することも可能である。

図5

2次元光線追跡模式図

初めに光線は,一般的な角膜屈折力の値を採用し,角膜前面中心を原点(0, 0)として算出した焦点位置の座標(0, 31)から発散光として出射し,OCTによって測定された各角膜後面座標へと入射する。光線が角膜後面に到達後,その入射位置での法線ベクトルを算出する為に,3次曲線による近似を行う。この近似曲線を微分することで法線ベクトルを算出し,入射光の単位ベクトルとの内積計算をすることで,入射角θを決定した。それからスネルの法則に従い,屈折角θ'を算出する。同様の方法を用いて角膜後面~角膜前面,角膜前面~CL後面(涙液層)の光線追跡を行った。

ここで,CL前面形状座標の計算方法を示す。本手法では,前述した通り光軸上の光路長の総和を算出し,他の光線の光路長も同様とした。光軸上の光路長の総和は,焦点(網膜位置)~角膜後面,角膜後面~角膜前面(角膜厚み),角膜前面~CL後面(涙液層),CL後面~CL前面(CL中心厚み)にそれぞれの屈折率を掛け合わし,足し合わせることで算出した。図5から光線追跡により,焦点(網膜位置)~CL後面までの光路長(OP1~OP3)が算出可能である為,光路長の総和からの差分計算をすることで,OP4及びOP5の光路長が算出できる。この光路長とスネルの法則によって算出したCL後面からの屈折光線の傾き及びCL後面座標からCL前面座標を算出できる。

角膜前後面形状座標及びCL前後面形状座標は,光学シミュレーションソフトであるOpticStudio Zemaxに入力できる形式にする為に,32方向のデータを用いて3次元曲面近似を行い,グリッドデータ化した。OCTの測定データは半径5.1 mmであるが,周辺部はノイズを多く含み,また本手法では近似曲線及び近似曲面を使用することを考慮すると,周辺部の精度が悪くなることが予想される。その為,グリッドデータは一辺4 mmに制限し,グリッドステップを0.01 mmとした。本研究では,レンズ中心と角膜中心が一致する最適な位置関係でのCL装用前後での収差量,波面形状及びModulation Transfer Function(MTF)を用いてレンズの性能評価をした。

3.結果

13に,波長0.546 µm,瞳孔径4 mmで算出した各眼のCL装用前後の収差量を示し,図68に波面収差マップを示す。被験者AのStage 1の円錐角膜の初期段階がみられる乱視眼のCL装用後及び被験者BのStage 1の円錐角膜眼のCL装用前の波面収差マップに関して,図の表現上,結果に影響を与えないグリッドデータ周辺部(値が常に0)を波面収差の最小値へと入れ替え表示した。ゼルニケ係数は,Zernike Standard Polynomialにより算出し,Optical Society of America(OSA)のスケールに準拠し,Z3~Z14までを示す。また本結果は,レンズ中心と角膜中心が一致する最適な位置関係でのレンズ結像位置における収差量及びMTFである。

表1  被験者AのStage 1の円錐角膜の初期段階がみられる乱視眼 CL装用前後の収差量
収差量[µm]
CL装用 Z 3 Z 4 Z 5 Z 6 Z 7 Z 8
なし -0.644 -0.107 0.118 -0.130 -0.113 0.011
あり 0.001 -0.020 0.006 -0.007 -0.002 0.000
Z 9 Z 10 Z 11 Z 12 Z 13 Z 14
なし -0.005 -0.069 0.000 0.000 0.000 0.000
あり 0.006 -0.011 0.000 0.000 0.000 0.000
図6

被験者AのStage 1の円錐角膜の初期段階がみられる乱視眼による波面収差マップ

(a) CL装用前 (b) CL装用後

表2  被験者Bの円錐角膜眼(Stage 1) CL装用前後の収差量
収差量[µm]
CL装用 Z 3 Z 4 Z 5 Z 6 Z 7 Z 8
なし -0.541 0.458 -0.928 -0.332 -0.179 -0.029
あり -0.010 -0.062 -0.057 -0.037 -0.033 -0.019
Z 9 Z 10 Z 11 Z 12 Z 13 Z 14
なし 0.031 -0.056 0.001 -0.001 0.000 0.000
あり -0.005 -0.018 0.000 0.000 0.000 0.000
図7

被験者Bの円錐角膜眼(Stage 1)による波面収差マップ

(a) CL装用前 (b) CL装用後

表3  被験者Cの円錐角膜眼(Stage 4) CL装用前後の収差量
収差量[µm]
CL装用 Z 3 Z 4 Z 5 Z 6 Z 7 Z 8
なし -2.992 4.299 1.151 -0.273 -1.059 0.269
あり -1.068 0.195 -0.208 0.473 -0.381 -0.046
Z 9 Z 10 Z 11 Z 12 Z 13 Z 14
なし 0.164 0.028 -0.071 0.001 -0.001 0.000
あり -0.104 -0.115 -0.060 0.003 0.002 0.000
図8

被験者Cの円錐角膜眼(Stage 4)による波面収差マップ

(a) CL装用前 (b) CL装用後

1に示す被験者Aの乱視眼に関して,CL装用前は乱視成分を示すZ3が最大で-0.644 µmであったが,CL装用後は0.001 µmと大きく改善した。他の項に関しても,Z4~Z7において約±0.1 µm程度の収差を持っていたが,CL装用後にはそれぞれ改善を示した。ここで,3次から5次までの収差量をまとめてRMS値( RMS ( Z 1 2 ... Zn 2 ) )で示すと,CL装用前が0.689 µmに対して,CL装用後は0.025 µmとなった。また図6に示すように,CL装用前後の波面収差マップを比較すると,装用後の波面形状が理想的な球面に近付いており,焦点に収束していることがわかる。

2は被験者BのStage 1の円錐角膜眼であり,CL装用前はZ5が最大で-0.928 µmであったが,CL装用後は-0.057 µmと改善した。他の項は,乱視眼と比較すると大きく,Z3が-0.541 µm,Z4が0.458 µm,Z6が-0.332 µmであったが,いずれもZ3が-0.010 µm,Z4が-0.062 µm,Z6が-0.037 µmと改善した。3次から5次までの収差量のRMS値は,CL装用前が1.229 µmに対して,CL装用後は0.102 µmとなった。図7に示す波面収差マップに関しては,CL装用前後の波面形状を比較すると,全体的にフラットになり,よく補正されていることがわかる。しかし,x座標及びy座標の値が共に負である元々急峻な位置での補正が十分ではないことがわかる。

3には,被験者CのStage 4の円錐角膜眼の収差量を示す。乱視眼及びStage 1の円錐角膜眼に比べて角膜形状変化が大きい為,全体的な収差量のスケールが大きい。CL装用前は,Z4が最大であり4.299 µm,Z3が-2.992 µm,Z5が1.151 µmでありデフォーカス成分及び乱視成分が大きかった。また,円錐角膜眼において特徴的な収差であるコマ収差成分のZ7,Z8はそれぞれ-1.059 µm,0.269 µmであった。CL装用後は,Z4が0.195 µm,Z3が-1.068 µm,Z5が-0.208 µmとなり改善した。また,Z6及びZ10において収差量が増えたが,円錐角膜眼において特徴的に発生するコマ収差に関しては,Z7が-0.381 µm,Z8が-0.046 µmと改善した。RMS値に関しては,CL装用前は5.483 µmであったが,CL装用後は1.273 µmとなった。図8に示す波面収差マップに関しては,CL装用前後の波面形状を比較すると,スケールが大きいものの収差量が補正されていることが読み取れる。しかし,被験者BのStage 1の円錐角膜眼と同様に元々急峻である位置での補正が十分ではないことがわかる。また,図9に円錐突出を認めた68°- 248°の断面方向における形状解析結果を示す。図では,青色が角膜後面,橙が角膜前面,黄色がCL後面,紫色がCL前面である。断面方向におけるCL形状をみると,Stage 4の円錐突出を認めた位置においても波状のような自由曲面形状でないことがわかる。これは,たとえ角膜後面の突出部の急峻な位置であっても,角膜と房水の屈折率差がほとんどない為に光路長に差がなく単純なカーブで形成されたことによる。

図9

被験者Cの円錐角膜眼(Stage 4)突出部(68°-248°)断面形状

青:角膜後面 橙:角膜前面 黄色:CL後面 紫:CL前面

1012には,各眼のMTFの結果を示す。赤色がCL装用なし,青色がCL装用時をそれぞれ示し,*がタンジェンシャル方向,+がサジタル方向を示す。また,被験者CのStage 4の円錐角膜眼のみOCTの測定による角膜前面のBest Fit Sphere (以下BFS)より決定した球面のハードコンタクトレンズを装用した場合を緑色で示した。本研究では水晶体を考慮していないが,無収差の理想レンズとして仮定すると,空間周波数が100 cycles/mmの時にMTFが0.1であれば,視力が1.0であるとされている12。その指標を評価に使用する。

図10

被験者AのStage 1の円錐角膜の初期段階がみられる乱視眼によるMTF

図11

被験者Bの円錐角膜眼(Stage 1)によるMTF

図12

被験者Cの円錐角膜眼(Stage 4)によるMTF

10の被験者Aの乱視眼のCL装用前は,空間周波数が100 cycles/mmの時にタンジェンシャル方向のMTFが0.009,サジタル方向が0.016であるのに対して,CL装用をすることで,タンジェンシャル方向のMTFが0.304,サジタル方向が0.280と改善した。これより,水晶体に収差がないと仮定すると,視力が1.0以上であることが予想される。また,両方向のMTFが同じ傾向を持つ為,同じコントラスト及び視力が得られると考えられる。

それに対して,図11及び図12は,被験者BのStage 1及び被験者CのStage 4の円錐角膜眼の結果である。図11は被験者BのStage 1の円錐角膜眼であるが,CL装用前は,空間周波数が100 cycles/mmの時にタンジェンシャル方向のMTFが0.037,サジタル方向が0.001であるのに対して,CL装用をすることで,タンジェンシャル方向のMTFが0.117,サジタル方向が0.212と改善した。両方向で差があるものの,被験者Aの乱視眼と同様で水晶体に収差がないと仮定すると,視力は1.0以上であることが予想される。一方で,Stage 4の円錐角膜眼はCL装用前のMTFに関して,CL装用前は空間周波数が100 cycles/mmの時にタンジェンシャル方向のMTFが0.001,サジタル方向が0.003であり,両方向のMTFが0.01以下と小さく,コントラスト及び視力が出ないことが明白である。それに対して,CL装用することで,タンジェンシャル方向のMTFが0.075,サジタル方向が0.038と改善した。CL装用時では,空間周波数が50 cycles/mmのMTFの値から,視力換算すると0.4~0.5程度であると予想される。さらに,球面のハードコンタクトレンズの場合と比較すると,低周波域は球面のハードコンタクトレンズの方がやや優位であるが高周波域は本手法が優位であった。

これらの結果から,本手法は収差の補正に対しての有効性を示した。またMTFに関してもCL装用前後で改善を示し,たとえ角膜形状変化が大きい眼に対しても視力の改善が示唆された。

4.考按

本研究では,光線の光路長を一定にして2次元光線追跡を行うことで,最適な位置でのCL形状算出を行い,その有効性と限界について求めた。本研究の成果として,本手法はたとえ複雑な角膜形状であっても収差の補正がなされ,MTFからもその有効性が認められた。

従来の不正乱視を補正する手法として,波面収差を用いたCL設計がある。波面収差は,使用する項の選択が曖昧であることや測定環境にとても敏感であり,シャック・ハルトマンの原理を用いて波面収差を測定する波面センサーは,Stage 4の円錐角膜眼のような角膜形状変化が大きい眼に対しては適用できない。これは,眼損傷のある角膜に対しても同様である。本研究は,そのような眼に対しても有効なOCTを用いて角膜前後面形状を取得している為,形状を選ばずに適用できる点が利点である。また不正乱視矯正としては,ハードコンタクトレンズ或いはカスタムメイドタイプが必要である。ハードコンタクトレンズの場合は,涙液レンズの効果を利用し矯正されるが,カスタムメイドタイプの場合は個人の角膜形状が異なる為,角膜前後面形状や眼軸長を正確に測定する必要がある。本手法は,角膜前面のみならず角膜後面や涙液層を考慮したCL設計であり,収差量やMTFの結果から有効である。

本研究では2つのStageの円錐角膜眼を扱ったが,Stageが上がるにつれて角膜突出の具合も大きくなる為,角膜の円周方向にあたる回転方向の形状変化が大きくなる。OCTの断層測定に対応して2次元光線追跡での解析を行ったが,光学シミュレーションソフトに入力する際に,32方向の断層データから3次元曲面近似を行い,グリッドデータを作成した。使用したデータが11.25°毎である為,グリッドデータを作成時に3次元曲面近似式により測定していない位置はデータ補完をしている。円錐角膜眼のように回転方向の角膜形状変化が大きい眼に対しては,補完位置が急峻な曲面となり,そのことが結果に影響を及ぼしたと考えられる13。特に,波面形状及び収差量より被験者CのStage 4の円錐角膜眼に対しては,デフォーカス成分は改善したが,トレフォイル成分においては一部収差量が大きくなったことが前述を示している。その為,眼疾患のような形状変化が大きい眼に適用する際には,最適な補完方法の検討及びOCT測定での回転角度を小さくする必要がある。また,本手法ではOCTの3次元形状データに対して,断層毎の2次元光線追跡を行ったが3次元光線追跡での調査も行う必要がある。

最後に,本手法を各個人のCL作製に適応する場合は,中心部の平均角膜度数を求め,その度数になるよう光線追跡の開始位置を定める必要がある。このカスタムメイドタイプのレンズに関しては,設計されたCL形状をデータベース化することで設計側からも眼疾患別や重症度別の傾向の究明が行え,新しいレンズ設計の思想に繋がると考えられる。また,本手法では水晶体の収差のことは考慮していないが,もし水晶体に乱視がある場合には,その乱視補正も設計の中に取り入れることは可能である。その場合は,光線追跡の開始位置を水晶体のパワー分布を考慮して,角度毎に異なる位置にすればよい。さらに,多重焦点のCLを作成することも可能である。例えば上下のパワーが異なる2重焦点の場合,光線追跡の開始位置を上下で変えることで実現できる。これらの設計に自由度がある点が基礎研究をするうえで本手法は利点になりえる。また円錐角膜眼のような眼疾患で発生する角膜突出部とレンズとの点接触による従来の課題である装用時の不快感において,本手法はCL後面形状を角膜前面形状と同様の形状として設計している。これにより,点接触から面接触となり,装用感の向上が見込まれる。本研究では3眼での結果ではあったが,十分にその有用性と限界が求められた。

今後は,この設計によるCLを作製し,実際に装用して十分な光学特性が得られるか,装用感の問題はないかを検討し,CL設計の改善を行う予定である。

利益相反

佐伯謙太朗,大沼一彦,P,株式会社シード

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