視覚の科学
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VDT時代における低加入度数コンタクトレンズ
井上 亮太
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2022 年 43 巻 2 号 p. 48-51

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1.はじめに

新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019:COVID-19)パンデミック以降,急速にリモートワークやオンライン授業が浸透し,Visual Display Terminals(VDT)機器,デジタルスクリーン画面を用いる時間が著しく増加している1。VDT作業をはじめとした近業の増加は眼の調節機能への負荷を増大し,眼精疲労を引き起こすことが知られている。近年の調査(株式会社シード「疲れ目実態調査」n=980,2021年)によると対象者のうち1日に6時間以上デジタルデバイスを使用している人は80%を超え,更にそのうちの70%は疲れ目の自覚症状があると回答し,デジタルデバイスの使用時間が長い程,目の疲れを感じている結果であった2

眼精疲労の予防・治療には個々人の眼の状態,生活スタイル・環境に適した屈折矯正用具を使用することが重要である。VDT作業用の屈折矯正用具といえば近業に調節された眼鏡が良く知られているが,本稿では新たなカテゴリーとなる,若年層向け遠近両用コンタクトレンズ「低加入度数コンタクトレンズ」を用いた屈折矯正に焦点を当て,現代におけるVDT作業との新しい付き合い方について考えていきたい。

2.VDT作業と眼精疲労

眼疲労は休息によって回復する生理的な疲労であるのに対し,眼精疲労は休息では回復しない病的な疲労である2。眼精疲労はドライアイや眼位,不適切な屈折矯正等に起因するものがあり,その病因や病態は多様であるが,中でもDigital Eye Strainに分類される要因として長時間のVDT作業が挙げられる。

VDT作業とは「ディスプレイ,キーボード等により構成されるVDT機器を使用して,データの入力・検索・照合等,文章・画像等の作成・編集・修正等,プログラミング等を行う作業」であり3,長時間のVDT作業は眼の調節機能である毛様体筋への負荷を引き起こす。何も視標がなくリラックスした状態の毛様体筋は完全に弛緩しているわけではなく,生理的な緊張状態にある。この状態は調節安静位と呼ばれピント位置は約1 mの位置にあるとされる。この調節安静位の1 mより内側にある視標を視る際に眼は毛様体筋を働かせてピントを調節している45

3.眼精疲労の定量化

重い物体を持ち上げると腕や指が痺れを感じるように,毛様体筋もピント調節の負荷が大きくなると震えを生じる。毛様体筋の震えは水晶体に伝わり屈折値に振動を生じさせる。この振動を調節微動とよぶ。調節微動は特徴的な低周波成分と高周波成分に分けることが可能で,その内高周波成分の出現頻度high frequency component(HFC)が毛様体筋の震えの強さを反映し,眼のピント調節による毛様体筋への負荷の程度を表す4。HFCは調節機能解析装置AA-2(ニデック)を用いることで計測,定量評価することが可能であり,Fk-mapとして定量化される(図1)。横軸はAA-2より与えられる調節刺激の視標位置をジオプトリー単位で示しており,左端が雲霧となる視標位置,右端が約33 cmの近業位置となる。縦軸は調節刺激に対する被験者の調節反応を他覚的屈折値として示している。点線で示される位置は各指標位置における屈折値を示し,カラムの高さが点線に沿ったものであるほど被験者の調節力が高い。カラムの色はHFCを示しており赤いほど高周波成分の出現頻度が高い,つまり毛様体筋への負荷が大きいことを示している。

図1

HFC解析Fk-map

AA-2を用いたHFC計測にて出力される健常な成人のFk-map。横軸:視標位置(調節刺激),縦軸:調節反応。視標位置が近づき調節刺激が大きくなるほど調節反応が大きくなり,カラムが赤身を帯びてピント調節による負荷が大きくなる正常な調節反応を示す。

4.低加入度数コンタクトレンズ

低加入度数コンタクトレンズ(以下,低加入レンズ)は,近業時の調節緊張を緩和することを目的としたコンタクトレンズである6。加入度数とは遠方視用の度数に加入する近方視用の度数であり,一般には老視用遠近両用コンタクトレンズにて近方を見やすくするために用いられている。老視用遠近両用コンタクトレンズの場合,加入度数に明確な基準はないものの+0.75D以上を意味することが多い。通常,加入度数が高いほど遠方視の見え方の質が低下することが知られており,老視用遠近両用コンタクトレンズの加入度数は眼の調節力が衰え始める40代以降の老視世代を対象とした設定であるため,調節力のある若年層の装用には適さない。一方,低加入レンズは,加入度数を+0.50D以下の低い値で設定し,近方を見やすくすることを目的とするのではなく,眼のピント調節機能を補助することを目的としている。また,加入度数が低値であることから遠方視の質の低下を抑制しており,装脱の必要がなく遠方視と近方視の両方に対応していることから,近業用眼鏡に比べて利便性が高い。

低加入レンズは比較的新しいカテゴリーのコンタクトレンズであるためまだ種類は少ないが,VDT作業による眼精疲労をターゲットとした製品として各社より販売・製造されている7(表1)。

表1 VDT作業用低加入度数コンタクトレンズ
名称メーカー加入度数装用形態
2week メニコン DUOメニコン+0.50D2week
Biofinity ActiveCooperVision+0.25D2week
シード1dayPure View SupportSEED+0.50D1day
プライムワンデースマートフォーカスアイレ+0.50D1day

現在市販されている主な低加入度数コンタクトレンズの一覧。

5.低加入レンズによる眼性疲労の軽減効果

20歳代の若年層を対象として,日常的に装用している単焦点コンタクトレンズと同じ度数の低加入レンズを処方,装用2週間後に検査を行った研究によると,両群共に良好な遠方視力,近方視力が得られ群間に有意な差は認められなかった89(図2)。

図2

単焦点・低加入度数コンタクトレンズ装用時視力

縦軸:少数視力,横軸:単焦点コンタクトレンズ(黒棒)および低加入レンズ(縞棒)装用時の遠方・近方視力を示す。両群に有意な差は認めらない。(参考9改変)

両レンズ装用時の調節反応は,調節刺激0.2D(焦点距離5 m)では同等の調節反応であったが,調節刺激2.5D(焦点距離40 cm)および調節刺激5.0D(焦点距離20 cm)にて低加入レンズ装用時の調節反応が単焦点コンタクトレンズ装用時と比較して有意に減少していた(図3)。このことから低加入レンズを装用した場合,遠方視時には単焦点コンタクトレンズと同様の屈折矯正用具として働き,近業時にのみピント調節補助効果が働いていることが分かる。更に焦点距離40 cmよりも焦点距離20 cmでのピント調節補助効果の方が大きいことから,ディスプレイとの距離が近くなるVDT作業時に有用であることが分かる。一般的なパソコン利用時の焦点距離は30~40 cm,スマートフォン利用時の焦点距離は25 cm未満といわれており89,低加入レンズの装用はこれらのVDT作業時に適した屈折調整用具であると考えられる。

図3

単焦点・低加入度数コンタクトレンズ装用時調節反応

縦軸:調節反応,横軸:調節刺激(視標位置)を示す。赤線が単焦点コンタクトレンズ,青線が低加入レンズ装用時の調節反応を示しており,調節刺激が大きくなる近業時ほど低加入レンズによる調節反応量が低下していることが分かる。(参考9改変)

AA-2を用いたHFCの測定の例を示す。単焦点コンタクトレンズを2週間装用した際のHFC計測では調節負荷2.5D(焦点距離40 cm)および3.0D(焦点距離33 cm)の距離でカラムが赤くなっており近見時に毛様体筋への負荷が増大している。対して同一被験者が単焦点コンタクトレンズと同じ度数の低加入レンズを2週間装用して測定すると,調節負荷2.5Dおよび3.0Dの距離のカラムの色が緑色に変化しておりHFCが低下,毛様体筋への負荷が減少していることが分かる(図4)。

図4

単焦点・低加入度数コンタクトレンズ装用時HFC

A:単焦点コンタクトレンズ装用時HFC,B:低加入レンズ装用時HFC,低加入レンズを装用することで近業時におけるFk-map右側のカラムの色が赤から緑に代わりピント調節による負荷が減少していることが分かる。

以上のことから低加入レンズはVDT作業等の近業を行う際にのみ眼のピント調節補助を働かせて毛様体筋への負荷を軽減していることが分かり,眼精疲労の軽減・予防として有用であることが考えられる。

6.まとめ

近年は特にCOVID-19による社会情勢の変化が影響したが,今後も様々な方面にてデジタル化が社会に占める割合は大きくなりつつある。これにより人々のVDT作業に要する時間は増加の一途を辿ることが予想され,これに伴った眼精疲労の増加が懸念される。今回紹介した低加入レンズに限らず,眼精疲労を予防する屈折矯正用具の重要性は高まっていると考えられる。中でも低加入レンズは近業に限定しない日常的な装用を目的としており,無意識化にて近業時のピント調節の補助を行える,時代に即した屈折矯正用具であると考えらえる910

一方で低加入レンズは老視用遠近両用コンタクトレンズと同様に装用にはユーザーの慣れが必要となってくる。レンズ設計のコンセプトから考えると,単焦点コンタクトレンズから低加入レンズへ切り替える際,日常的に装用している単焦点コンタクトレンズと同じ度数で切り替えることが望ましいが,加入度数の影響で遠方の見え方の質の低下は起きやすい。元々の度数を上げてしまうと過矯正を引き起こす危険性があり,かえって眼精疲労の要因となってしまう可能性も考えられる。低加入レンズの加入度は老視用遠近両用コンタクトレンズと異なり近方視力の改善を目的としたものではなく,あくまでピント調節の補助を目的としている。眼精疲労の予防を目的として低加入レンズを取り扱うためには,このコンセプトを理解して適切な屈折検査のもと正しい処方が必要となる。今後VDT作業や眼精疲労に関する知識が一般化することで,その予防として低加入レンズが正しく普及することが望まれる。

文献
  • 1)  Bahkir FA, Grandee SS. Impact of the COVID‑19 lockdown on digital device‑related ocular health. Indian J Ophthalmol 68: 2378-2383, 2020.
  • 2)  不二門尚:眼精疲労に対する新しい対処法.あたらしい眼科 27: 763-769,2010.
  • 3)  厚生労働省:VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン:https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000184703.pdf
  • 4)  梶田雅義:眼精疲労と眼鏡.あたらしい眼科 30: 1069-1076,2013.
  • 5)  梶田雅義,末長敏秀他:調節安静位における調節微動の変化を指標としたVDT作業による眼の疲労度の評価.あたらしい眼科 37: 363-369,2020.
  • 6)  梶田雅義,山崎愛他:調節緊張を緩和する新デザインコンタクトレンズの評価.日本コンタクトレンズ学会誌 54: 27-30,2012.
  • 7)  東原尚代,山岸景子:デジタルデバイス時代.あたらしい眼科 36: 1237-1242,2019.
  • 8)  高静花:コンタクトレンズ装用眼のQuality of Visionの向上を目指して.日本コンタクトレンズ学会誌 62: 144-149,2020.
  • 9)  Koh S, Inoue R, et al: Quantification of Accommodative Response and Visual Performance in Non-Presbyopes Wearing Low-add Contact Lenses. Cont Lens Anterior Eye 43: 226-231, 2020.
  • 10)  山岸景子:低加入度数遠近両用ソフトコンタクトレンズによるスマホ老眼矯正.新しい眼科 38: 747-753,2021.
 
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