視覚の科学
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インタビュー
大口泰治先生に聞く
梶田 雅義
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2022 年 43 巻 3 号 p. 75-77

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要旨

2021年4月から梶田眼科で眼精疲労の診療に取り組んでくれている大口泰治先生にインタビューさせて頂きました。

適切な屈折矯正の教育を受ける機会がほとんどなかった眼科医が,屈折矯正の大切さを切実に感じ取ってくれている様子が語られています。

眼精疲労の診療に真剣に取り組んでくれる眼科医に育ってきていることを頼もしく思っています。

Q: 先生の経歴や眼科医になろうと思ったきっかけについて教えてください。

A: 福島出身で地元の福島高校卒業後,福島県立医科大学に入学しました。もともとは医学部には全く興味はありませんでした。高校生まで数学,化学,物理学,天文学が大好きで小学生の時に購入した口径15 cmのニュートン式反射望遠鏡で月や惑星,星雲を眺めては白黒やカラーフィルムで写真を撮っていました。雑誌Newtonや2000年に休刊となったスカイウオッチャーを読むのが日常でした。父親が望遠鏡の倍率の異なる新しい接眼レンズを買ってきてくれるとそれまでとは違う見え方がするのがとても楽しみでした。私が生まれた時から今もずっと住んでいる福島市には一般公開されている中では1,600 mと日本一標高が高い浄土平天文台があり,市内から夜間は街灯もなく真っ暗な山道を車で一時間程度登ると肉眼で天の川が見える素晴らしい環境があります。夏でもかなり涼しく夜間は防寒着が必要な環境ですが,近くにキャンプ場もあり星空を眺めるには最高の環境です。写真を撮っていたカメラは父親の持っていた一眼レフで,レンズ交換をすることで同じ景色でも表現の違う写真を切りとれることに興味を持っていました。特にマクロレンズで撮影した写真には普段肉眼では気づかないような細部まで写ってくることが現像後の楽しみでした。

眼科医になったきっかけですが,自身が中学生の時に両眼網膜剥離で石龍鉄樹先生のバックリング手術を受けたことが直接のきっかけです。復位していますが,剥離後時間が経過していたこともあり,片眼は歪視が残っています。これを治す方法がないかなと思っていましたが,医学部入学後,学生実習中に眼光学の発達とともに市場に出てきたOCTにより自分の網膜を初めて観察して当分は治せないなと分かりました。また医学部生の間に間欠性外斜視に対して八子恵子先生の斜視手術も受けました。アトピー性皮膚炎や甲状腺機能亢進症もあり皮膚科や内科とも迷いましたが,最終的に様々なレンズや光学機器を仕事に使える眼科を選びました。バックリング手術を受けた石龍先生がその後医局の教授になったのは何かの巡り合わせかも知れません。

Q: 大学ではどんなことをされていましたか。

A: 大学では地方大学であるため臨床は様々な分野に携わっていました。手術も前眼部の範囲は行っていましたが,立体視がないため後眼部は行いませんでした。そのうち後輩がずっと綺麗な手術を行うのを見て自分のフィールドは手術ではないなと思うようになりました。研究は地方大学であり大きな研究は出来ませんでしたが,臨床と関わる基礎研究をおこなっていました。ひとつは自発蛍光の研究です。網膜剥離眼の網膜下液中の自発蛍光がマクロファージによってもたらされていることを示しました。この研究では網膜剥離眼の浮いている網膜の自発蛍光写真を撮るのが難しくまた,手術中に採取した網膜下液の固定と自発蛍光の観察は実現するまでかなり試行錯誤しました。夜中に蛍光顕微鏡で自発蛍光が浮かび上がってきたときはとても嬉しかった記憶があります。2つめは赤外自発蛍光の起源がどの組織にあるかを摘出標本で観察する研究をおこないました。この研究では赤外自発蛍光がとても発光が弱く捉えるのと写真を撮影することにとても苦労しました。もともと写真は得意だったのが幸いしました。赤外自発蛍光を発するのは虹彩,毛様体,網膜色素上皮,脈絡膜の色素細胞で青色自発蛍光と赤外自発蛍光の両方を持つのは網膜色素上皮細胞のみであることを突き止めました。3つめは福島県立医科大学には世界でも数少ない補体を専門にしている生化学講座があった縁で加齢黄斑変性の補体の研究をおこなっていました。前房水や硝子体から補体の測定を行い加齢黄斑変性との関連を研究しました。最初に直面したのは検体量の少なさでした。これは前房水を用いた全ての研究における課題ですが,血液とは違い検体量が圧倒的に少なく貴重であることです。測定項目は多岐に及ぶ中,限られた検体をどう割り振りするかに悩みました。また,メーカーのマニュアル通りでは必要とされる検体量が多すぎるため測定方法の改良に挑みました。この改良には半年間かかりましたが従来の10分の1の検体量で安定して測定が可能となり,その後の後輩二人の大学院生の研究の礎となりました。この研究では加齢黄斑変性では前房水中の特定の補体が増加していること,抗VEGF治療前後で変化すること,ARMS2 A69Sリスクアレルを持つ加齢黄斑変性のヒトでは前房水中の補体が有意に増加していることを突き止めました。どの研究においても検体の収集や分析など医局員および他講座の多数の先生方のご協力があっての研究であり,大学に所属しているからこそ進めることが出来た研究でした。

Q: 今の職場で働くきっかけについて教えてください。

A: 現在は大学からは離れて梶田眼科で仕事をしています。きっかけは2016年に遡ります。この年,梶田先生が福島医大を辞した後のコンタクトレンズ外来を担当することとなりました。右も左も分からない中,市内で開業されている塩谷浩先生に外来に来て頂けることになりました。ここからコンタクトレンズとの関わりが始まりました。塩谷先生にとても丁寧に手ほどきを頂きながら外来をおこない,2017年に初めてコンタクトレンズ学会で発表し,この世界にのめり込んでいくことになりました。全く何も分かっていない私に何度となく塩谷先生が個人クリニックの診療を見せてくださり,診療後会食をともにしながら様々な矯正についてお話しできたのは今のコロナ禍では考えられないとても貴重な時間でした。2018年まではコンタクトレンズを中心に見える世界を提供できる楽しみを感じながら仕事をしていましたが,そのうちコンタクトレンズ以上に矯正のバリエーションが多い眼鏡による矯正をもっと自分の手で自由に扱えたら良いのにと思い始めるようになってきました。その頃ちょうど学会でお会いした梶田先生にクリニックに見学に来てみないかとお誘いを頂きました。そして忘れもしない2019年2月梶田眼科に見学にお伺いさせて頂きました。その一日の衝撃は今でも忘れません。正直何をやっているのか当時は全く理解出来ませんでしたが,なにかすごいことをやっていて,眼鏡を自由に扱えればコンタクトレンズより何倍も何十倍も楽しい矯正が出来ると感じました。夜会食をしながら自分の持参した症例の矯正について色々と聞いている間に矯正について教科書には全く載っていない内容をもっと学びたくなったのを覚えています。そして会食中に突然一緒に診療してみないかとお誘いを受けました。全く予期していなかったお誘いでその時は即答できませんでした。ただ,そのお誘いは頭から離れないものとなりました。それからしばらく大学で診療や研究を行っていながら将来のことを考えるようになりました。その中で現在は眼鏡やコンタクトレンズによる屈折矯正を大学で学問として行っている医局は福島県立医科大学の2代前の加藤桂一郎教授を最後に皆無であり,学ぶには梶田先生の元へ行く以外に方法はないのではないかと時間が経つにつれ強く思うようになってきました。半年間ほど考えながら過ごした後,やはりその気持ちは抑えられず,学会でお会いした際に思い切って先生のところで診療をしてみたいとお話をしたところ,受け入れて頂けることとなりました。その後,大学での研究を一段落つけることと,コロナ禍が重なり実際に診療を始められたのは2021年4月からでした。

Q: これからの抱負について教えてください

A: 梶田眼科で診療を始めて,まず衝撃的だったのは最初の1ヵ月で自分がドライアイと思っていたほとんどは屈折矯正の問題であったことを知った時でした。屈折矯正を行う際は常に屈折・調節・眼位の3者の関連を考えながら行う必要があります。梶田先生が開発された調節機能解析装置AA-2は調節を可視化出来ます。と同時にこの装置の素晴らしいところは,他の医学分野のどの機械でも捉えることのできない交感神経と副交感神経で構成される自律神経の動きを見ることが出来ることです。実際に診療を行っていると,適切な屈折矯正を提供することで見え方の問題のみならず眼精疲労,ドライアイ症状を改善させることが可能です。ここに来る前にドライアイと診断していた多くの方々に懺悔するとともに,これからはより多くの患者さんに快適な矯正を提供することが大きな目標です。この世界の面白いところは,たとえオートレフラクトメータによる他覚的屈折値が一緒の2人がいたとしても,同じ矯正となることは皆無であることです。まさに十人十色であり,屈折,調節に加え眼位も関わってくるため矯正のバリエーションは星の数ほどあります。眼鏡はコンタクトレンズにはないプリズムレンズが存在するため,コンタクトレンズよりずっと多くの矯正バリエーションが可能です。屈折・調節・眼位のデータは望遠鏡で星を眺めているのと同じで新たな発見があり,いくら眺めていても飽きることはありません。

1年半ほど診療していて屈折矯正に携わる眼科医として最もどうにかしていかなければならない人は,裸眼視力良好の方だと思うようになりました。正視や遠視の方は眼科において適切な矯正が行われることが少なく辛い状態となっていることが多く見られます。遠視は3歳児検診で屈折性弱視の原因となることが多く,その場合学童くらいまではしっかり診療されるのですが,裸眼視力が良好になってしまうと眼科を受診しなくなってしまいます。学校検診でも視力検査はAであり,我々眼科医も裸眼視力良好だね,で診療を終わってしまいがちです。しかし現在はGIGAスクール構想もありタブレットやパソコンを使用した授業が行われており,以前より近方視が必要とされる状況が増えています。遠視があると,たとえ裸眼視力が良好であっても近業作業に集中できず,授業中クラスの中で動き回るなど落ち着きがない状態となります。受験勉強では長時間の勉強が出来ません。社会人になって事務作業などパソコン作業時間が飛躍的に増加すると眼精疲労を生じ仕事が出来なくなります。調節力は測定可能となる10代から低下する一方ですが,35歳を過ぎて調節力が5ジオプトリを下回ってくると現代生活に必須のスマートフォンの画面が見えなくなってきます。同時に眼位異常を伴っている人もいます。この方達は5 m視力表で測定される裸眼視力は良好です。しかし調節や眼位を確認していくと屈折だけでは見えない辛さが見えてきます。これらの問題を含めて屈折矯正を行わなければ快適な矯正には絶対にたどり着くことは出来ないことが分かってきました。現在は臨床研究法がありクリニックベースでの研究を行うことが困難な時代ではありますが,今後は少しずつでも快適な矯正について発信していければと考えています。

 
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