抄録
【目的】体細胞にリプログラミングを誘導する多くの手法が報告されている。しかし、それには一長一短があり、遺伝子などを導入することなく、効率的にリプログラミングを誘導する手法はいまだにない。本研究では、細胞の多能性維持に重要な作用をしているNanogを、過剰に発現させたES細胞由来の細胞抽出液を用いて、マウスの培養細胞(NIH/3T3)および胚性線維芽細胞(MEF)に対するリプログラミング誘導を試みた。【方法】Nanog過剰発現ES細胞を、超音波破砕、遠心処理することで、細胞抽出液を調整し、使用時まで-80℃で凍結保存した。SDSゲル電気泳動およびウェスタンブロッティングにより、細胞抽出液および凍結融解した細胞抽出液におけるタンパク質の消長について検討した。NIH/3T3およびMEFをストレプトリシンOにより可逆的に膜透過し、Nanogを過剰発現するES細胞抽出液中で37℃、60分間培養した。抽出液処理後の細胞について、SDSゲル電気泳動、ウェスタンブロッティング、免疫蛍光染色によって、抽出液から体細胞核内へのタンパク質の移行を検討した。さらに、抽出液処理後、細胞膜を修復し、ES細胞培地中で培養した後、細胞の形態的変化を観察した。また、RT-PCR法により各種未分化マーカー遺伝子の発現を調べた。【結果および考察】ES細胞抽出液は、抽出液調整の前後で顕著なタンパク質の分解は認められず、ES細胞に特徴的なNANOGとOCT3/4の存在が確認された。また、これらのタンパク質が抽出液処理後の体細胞の核内へ移行することが明らかとなった。さらに、抽出液処理した体細胞をES細胞培地中で培養すると、4日目には、NANOGやOCT3/4の標的遺伝子を含むNanog、Oct3/4、Sox2、Fgf4、Rex1などの多数の未分化マーカー遺伝子の発現が見られるようになり、ES細胞様のコロニー形成も確認された。このことから、ES細胞の細胞抽出液を用いた実験系は、リプログラミングの解析系として有用であると考えられた。