抄録
マウスの胚は、妊娠4日目(膣栓確認日=妊娠1日目)に子宮上皮に着床し、子宮内膜の脱落膜化、子宮管腔の閉塞を伴って胎盤形成期へと移行する。胚着床に必須な分子の一つ、白血病阻止因子(LIF)は、胚が子宮上皮へ接着した後の妊娠の進行に必須であることから、我々はLIFが制御する分子機構について研究を進めてきた。これまでの我々の研究で、LIFは、神経筋接合部で筋肉の収縮・弛緩制御に必須とされる、アグリン‐アセチルコリン受容体系を制御していることが明らかとなった。実際、胚が子宮上皮に接着した妊娠5日目には、アグリンは子宮上皮の頂面に移動することから、アグリンが子宮管腔の閉塞に関与すると予想した。そこで、本研究では、抗アグリン抗体を用いて機能阻害を試み、LIFの制御下にあるアグリンが、着床にどのように関与するのかについて検討を行った。ウサギを免疫動物として、LIF及びアグリンに対する抗体(protein A精製)を作製した。妊娠3日目のマウス(C57BL/6J及びICR)に、作製した抗体及びコントロールとして正常ウサギIgGを、計3回(妊娠3日目の12時、22時、妊娠4日目の10時)、1回当たり7.5 µg/マウス重量(g)の濃度で、腹腔内に投与した。そして妊娠7日目に採材し、胚着床の進行について形態学的な検討を行った。正常ウサギIgGの投与では胚着床に変化は認められなかったが、抗LIF抗体では、C57BL/6Jマウスで完全に着床を阻害し、ICRマウスでも有意に着床数が減少した。採材した子宮からは着床を完了していない胚盤胞を回収した。このことから、腹腔内に投与した抗体は、子宮内で作用していることが示された。抗アグリン抗体の投与では、胚の着床数に有意な変化は認められなかったが、いくつかのマウスでは着床数の異常を伴って、脱落膜化の亢進や異常が認められた。以上より、アグリンは脱落膜細胞の増殖・分化を制御することにより、子宮管腔の閉塞を含むマウスの胚着床の過程に重要な役割を持つことが示唆された。