抄録
ヒトで正常に妊娠が開始するものの流産に至る例を不育症(習慣性流産)と呼び、その原因として抗リン脂質症候群がある。中でもリン脂質結合タンパク質であるアネキシンA5(Anxa5)に対する自己抗体の関与が疑われてきた。Anxa5は哺乳類で12種類が報告されているアネキシンファミリータンパク質の一つで、胎盤由来の血液凝固阻止因子の候補として同定されたものの、実際に凝固防止に関わっている証拠はなかった。我々は、Anxa5ノックアウトマウス(KO)で産仔数の減少すること、異常な血液凝固がその原因であることを明らかにした。本研究では、不育症モデル動物としてのAnxa5KOの胎盤循環を更に検討した。妊娠15日目に胎仔を観察すると、既にAnxa5KOで、野生型マウス(C57BL/6J、Wild)よりも胎仔数が少なく、一見正常な胎仔の重量もWildより有意に軽いことが明らかになった。更に吸収途中の胎仔と見られる組織がしばしば観察された。胎盤のHE染色を行うと、Anxa5KOの胎盤で無核の赤血球の少ないことから、母親からの血液供給の阻害されていることが明らかになった。更に吸収途中の胎盤には無核の赤血球は全く認められなかった。脱落膜層、ジャンクショナルゾーン、ラビリンスゾーンの組織切片を用い、抗fibrinogen-γ(フィブリン)を用いた免疫染色を行うと、Anxa5KOとWild共に脱落膜層を中心に陽性反応が認められた。しかし、Anxa5KOとWildでその発現程度に顕著な違いは認められず、Anxa5KOで過剰なフィブリン析出の無いことが示された。更に、フィブリン血栓様構造も認められなかった。そこで、血小板マーカーであるCD61抗体を用いた免疫染色を行うと、Anxa5KOの胎盤にのみ明らかな陽性像が認められ、大きな血管内に血小板血栓様構造が確認された。以上の本研究の結果から、Anxa5は胎盤内で特に血小板の活性化を抑制することで、血小板血栓の形成を防ぎ胎盤循環を維持しているものと考えられた。