抄録
【目的】核移植胚の発生率が低い原因として,不完全な核の初期化によるエピジェネティック異常が考えられている。それらの異常を改善するため薬品処理によりクローン個体への作出効率が6倍にまで改善された。しかしながら,それ以上の作出効率の改善には,エピジェネティックとは別の要因を明らかにすることが必要であると考えられている。一般に未受精卵は転写不活性な状態にあり、RNA polymerase II(RNAPII)は細胞質に分散していることが分かっている。ところがこれまでの実験から、核移植前には活性であったドナー核の転写状態は核移植直後に転写不活性な状態へと変化しているのに対して、RNAPIIは核に局在し続けることが明らかになっている。このように受精卵と核移植胚では、胚発生時のRNAPIIの局在が異なっており、これが核移植胚における遺伝子発現異常を引き起こし、最終的にクローン個体の作出効率を下げている可能性が考えられる。そこで本実験では、核移植胚におけるRNAPIIの局在を人為的に受精卵の状態に近づけ、RNAPIIの局在の変化が核移植胚の発生にどの様な影響を与えるのか検討した。【方法】細胞周期の中でM期の核にはRNAPIIが局在しないことが分かっている。そこでドナー細胞の細胞周期をM期へ誘導するため、最初にokadaic acid(OA)の最適処理方法を検討した。次にOA処理によってM期へ誘導された卵丘細胞を用いて、定法に従い核移植胚を作製した。卵丘細胞および核移植胚は、固定後RNAPIIを認識する抗体を用いた蛍光免疫染色によりRNAPIIの局在を検討した。また一部の核移植胚は2細胞期にレシピエントマウスに移植し、その後の産仔率を検討した。【結果】OA未処理区では核移植後の核にRNAPIIの局在がみられたが、核移植前にドナー細胞をOA処理によってM期へ誘導した場合、核移植後RNAPIIは核に局在しなくなった。しかしながら核移植胚の発生率および産仔率はOA未処理区と有意な差がなかった。これらの結果より、核移植胚の低発生率は、核へのRNAPIIの局在が原因ではないことが明らかとなった。