抄録
常染色体優性遺伝病にみられる「非浸透」や「表現度の差異」といった現象は古典遺伝学では言葉だけ定義され,その本質的な原因は他の遺伝子,環境要因や偶然による確率的な現象であると説明されてきた。しかし優性遺伝病の原因究明,治療法の確立や病態モデル動物の作製といった医学レベルの実用面を考えたときにこのような確率論的な解釈のみでは不十分である。DNAのメチル化のようなエピジェネティックな遺伝子発現制御は同一個体であっても組織や細胞ごとに異なり,エピジェネティック異常は疾患を引き起こす。ブタはマウスよりも生理学,解剖学,病理学的にヒトと似ているため大型動物モデルとして注目されており,ヒトへの応用を考えた場合ブタで遺伝子発現メカニズムを研究する利点は大きい。本研究はブタにおいて常染色体優性遺伝病であるマルファン症候群の原因遺伝子Fbn1の遺伝子発現制御がエピジェネティックな機構によるものかどうかを調べるために転写開始点近傍のDNAメチル化解析とアンチセンス非コードRNA(ASncRNA)の発現解析を行った。ブタの成体肝臓と胎仔繊維芽細胞(PFF)のバイサルファイト処理したDNAを鋳型としてFbn1の転写開始点近傍領域をPCRで増幅し,メチル化状態の比較を行った。その結果,転写開始点上流と下流に肝臓で高メチル化,PFFで低メチル化状態の領域が存在していた。さらに同じ組織からRNAを抽出してRT-PCRを行い,メチル化状態と相関してFbn1のmRNAが肝臓で低発現,PFFで高発現であることが明らかになった。これにより,Fbn1遺伝子の発現がエピジェネティックな制御を受けていると考えられ,「非浸透」や「表現度の差異」といった現象に分子的な説明ができる可能性を示した。DNAの脱メチル化に関わる可能性のあるASncRNAもmRNAと同様の発現状態を示していた。将来的にはFbn1を始めとした優性遺伝病原因遺伝子についてASncRNAを用いたエピゲノム改変により,疾患の治療や予防などに応用できると考えられる。