【目的】げっ歯類のオスでは,メスとは異なり,高濃度のエストロジェンを投与しても黄体形成ホルモン (LH)サージは誘起されない。これは,誕生前後のオスの精巣から分泌されるアンドロジェンがエストロジェンに変換された後に前腹側室周囲核 (AVPV)に作用し,AVPVでのキスペプチン発現を不可逆に抑制するためであると考えられる。新生児メスマウスを用いてエストロジェン投与によって変化する視床下部内の遺伝子発現をマイクロアレイ法によって網羅的に解析した結果,プロスタグランジンD2の合成酵素遺伝子 (ptgds)の発現がエストロジェンによって減少することが示された。そこで,本研究ではプロスタグランジンに着目し,げっ歯類のLHサージ発生機構に性差をもたらすメカニズムを解明することを目的とした。【方法】出生後0日の雌雄のWistar-Imamichi系ラット(n=5)から,AVPVを含む視床下部前部と視床下部内側基底部を含む視床下部後部を採取した。これら組織片におけるプロスタグランジン合成酵素遺伝子 (ptgs2,ptgds,ptges,ptgfs,ptgis,およびtbxas)の発現を半定量RT-PCRにより解析した。【結果】メスラットの視床下部前部におけるptgds発現量は,オスよりも有意に高かった。一方,視床下部後部におけるptgdsの発現量に雌雄差は認められなかった。その他のプロスタグランジン合成酵素遺伝子の発現量には,視床下部前部および後部ともに雌雄差は認められなかった。ptgdsによりコードされるPTGDSによって合成されるプロスタグランジンD2は,神経保護作用を有することが報告されている。本研究の結果から,発達期のげっ歯類メスの視床下部前方で高発現するプロスタグランジンD2の神経保護作用が,LHサージ発生機構の性差の形成に関与する可能性が示唆された。