下垂体前葉は,性腺刺激ホルモン産生細胞を含めた5種類のホルモン産生細胞が存在し,個体の恒常性維持に寄与する内分泌器官である。近年,成体下垂体前葉においても,組織幹・前駆細胞が同定され,それらが細胞供給に寄与することが示されて注目を集めている。我々は下垂体前葉の幹・前駆細胞が,Marginal cell layerと前葉の実質層に,密着結合を介した2種類の微小環境(ニッチ)を形成することを報告しているが,その制御機構に関しては多くの点が不明である。そこで本研究では,下垂体の幹細胞ニッチを単離し,遺伝子発現解析ならびにin vitroでの幹・前駆細胞の制御機構の解明を試みた。ニッチの単離には,他の組織においてニッチが周囲の細胞とは異なる細胞外マトリックスにより維持されている点に着目し,タンパク質分解酵素に対する反応性の違いを利用し組織分散を行った。その結果,下垂体前葉の中に,コラゲナーゼとトリプシンの段階的処理でも分散されない細胞塊を見出した。この細胞塊の性質を解析した結果,細胞塊を形成する全ての細胞は,ホルモン陰性,かつ,幹・前駆細胞マーカーSOX2陽性であった。さらに,実質層ニッチで特徴的な因子の発現から,本細胞塊は2種類のニッチのうち,実質層ニッチであると結論付けた。次に,単離した幹細胞塊をマトリゲル上で培養し,各種成長因子や低分子化合物を添加することで,低頻度ながら前葉ホルモン産生細胞への分化誘導が可能なことを確認した。以上の結果は,タンパク質分解酵素を用いることで,簡便に実質層ニッチが単離可能であり,本細胞塊を用いることで下垂体ニッチにおける幹細胞の制御機構,ならびに多分化能の解析が可能であることを示唆していると考えられる。