スリランカでは1983年以降に激化するシンハラ人とタミル人の民族対立が,2009年まで26年間続いた。さらに2004年末のスマトラ島沖地震に起因して発生した津波により,スリランカの沿岸部で3万人以上の死者を出した。本稿が対象とする北部州ムライティブ(Mullaitivu)県は,人口10万人強の小さな県にもかかわらず,津波で3,000人もの死者を出し,その後の内戦終結時に最後の激戦地となり,壊滅的な打撃を受けた。
津波と内戦という二重苦を経験した人びとにとって,海やラグーンで魚介類を獲り,それを加工して販売する水産業の役割はいまも小さくない。スリランカ北部州の東岸に位置するムライティブ県の沿岸部は,今もそうした人びとが暮らす地域である。本稿では,ムライティブ県に暮らす人びとが担う水産業の現状を報告し,地域住民の重要な生計手段となっているエビ漁業の課題と求められる施策を明らかにする。
そのために,住民の戦後復興にとって重要な役割を果たすエビ漁業の当地域における重要性を確認したうえで,同県のエビ漁業を将来にわたって持続的な生計手段とするための施策を,①ラグーン生態系の維持修復,②資源の積極的添加・培養,③漁獲努力の投入管理,④漁獲物の出口管理,⑤経営構造の改善,⑥処理・加工・流通システムの改善,⑦人的・組織的体制の整備,⑧科学技術の振興,の諸観点から考察した。