抄録
放射線のヒトに対する影響をみる場合、重要視される一分野が母親の妊娠中の放射線被曝の影響である。これまでの研究を通して異常発生、精神発達・発育の遅れの他にガンの誘発と遺伝的影響等が観察されているが、よく注目を浴びる小頭症・中枢神経系形成障害等と比べると、妊娠母体への放射線照射により発生する胎児への神経堤障害並びに先天性心・大血管系異常の発生を詳細に調べる研究は少ない。
我々は、放射線防護・安全性対策についての基礎的資料を得る観点から、中性子線照射の生物学的作用の特異性を検討する必要があると考えている。ここでは、妊娠ラット母体に対する中性子線等の全身照射で形成された胎仔吸収死亡並びに内臓奇形、特に心・大血管系異常及び外表奇形との関係について報告する。
実験では、照射日によって照射群に異常発生、特に心・大血管系および顔面異常の発生が高頻度に認められた。これらの結果は、いわゆる神経堤障害によるCardiofacial症候群、特に騎乗大動脈、Fallot四徴症、両大血管右室起始症、大血管転換症、大動脈弓分岐異常などの形成においてラット胎仔の中性子線に対する感受性が高いことを示すものである。またこれらの心・大血管系異常の各型とその頻度はヒトの先天性心・大血管疾患のそれと極めて類似しており、このことからヒトの神経堤障害並びに心・大血管異常の形成には自然放射線などの影響が大きいことが示唆される。
ちなみにこのような症侯群は、ヒトではDiGeorge・Velocardiofacial並びにAlagille症侯群と呼ばれており、チェルノブイリ事故後20年を経た今日環境や健康への事故の影響を考える時、これらに対する放射線汚染などの影響を考慮することは不可欠である。この動物モデルは、これらのヒトの先天性形成異常発生機構の解明においても有用であると考えられ、更にそれら生物学的効果比の検討を行う予定である。