抄録
高LET放射線の高いRBEには、DNAに生じる局所多重損傷(クラスターDNA損傷)が関与していると考えられている。近年、多数のDNA修復酵素が単離され、DNA二重鎖切断(DSB)以外のクラスターDNA損傷、例えば塩基損傷を含有するクラスターDNA損傷(クラスター塩基損傷)を解析することが可能になってきた。
高LET放射線の生物影響におけるクラスター塩基損傷の関与を検討するため、重粒子イオン線によって標的DNA中に生じるクラスター塩基損傷発生数を比較検討した。標的DNA分子には、pDEL19プラスミドDNA(~4.6 kbp)およびラムダファージDNA(~46 kbp)を用い、10 mM Tris-HCl (pH7.5)溶液中で、それぞれガンマ線(0.2 keV/μm)、炭素イオン線(13 keV/μm)、鉄イオン線(200 keV/μm)照射を行った。酸化ピリミジン損傷の検出には大腸菌エンドヌクレアーゼIII、酸化プリン損傷に対しては大腸菌FpgまたはヒトOGG1を用い、ゲル電気泳動およびアルデヒドリアクティブプローブ法により離散損傷およびクラスター損傷数を定量した。その結果、DNA種に関わらず、LETの増加に反比例して離散型鎖切断(一本鎖切断:SSB)、DSB共に発生数の減少傾向を示した。同様に、塩基損傷に関してもその局在状態、離散型かクラスター型かに関わらず、LETの増加に反比例した減少傾向がみられた。この結果は、高LET 放射線の高いRBEがLET依存的なクラスター損傷数増加に起因するという単純な構図ではなく、直接には大きな生物影響を与えないクラスター塩基損傷の細胞内プロセスによる致死的損傷への変換と、クラスター塩基損傷の微細構造がLET により異なり、それが細胞内プロセス最終産物に違いを与えていることが高LET放射線の生物影響表出に重要であることを示唆している。