抄録
放射線損傷でもっとも重要とされるDNAの二重鎖切断(double strand break (DSB))の修復機構のうち非相同末端結合non homologous end joining (NHEJ) 過程に関与する蛋白として、Ku70/Ku80, DNA-PKcs, Ligase IV/XRCC4, Artemis 等が明らかになっている。しかしながら、DNA損傷認識に重要なATMのNHEJ 機構での直接の働きは今一歩判りかねるところがある。最近あるグループではATMが、いわゆる複雑な(dirty DSB) タイプのDSBに関与するという報告があり注目されている。われわれのグループでは人細胞(confluent状態)に重粒子線照射を行うことによって、この複雑なタイプのDSBを創出し、主に免疫染色法を用いてATM及びDNA-PKcs等のリン酸化過程を研究しそれらの役割を検討している。
ヒト正常細胞ではDSBの指標であるガンマH2AXフォーカスはX線でも重粒子線でも同じように出現するが、炭素線 (290 MeV/n, 70keV/µm)、鉄線 (500 MeV/n, 200keV/µm)では脱リン酸化過程にかなりの遅れが見られた。他方AT homozygoteの細胞を用いると、重粒子線照射後、はじめのガンマH2AX フォーカスの出現が1_-_2時間ほど遅れることがわかった。さらに興味あることはAT細胞では、われわれが先に示したようなDNA-PKcsのリン酸化過程がX線照射後には観察されるが、炭素線、鉄線照射後にはうまく観察されなかった。また正常細胞におけるATM蛋白のリン酸化は、特に高LETの鉄線 (200kV/µm)でかなりの遅延が観察された。これらのことから、重粒子線の作るDSBはX線と違い、照射後の修復蛋白にかなりの影響を及ぼすこと、またATMがNHEJにおいても大切な役割を演じており、特に複雑なDSBの修復に肝要であることが予想される。