抄録
染色体異常(転座、欠失、挿入)は、点突然変異(塩基置換、フレームシフト)とともに、発がん過程において重要な役割をはたすゲノム変異である。一般に放射線はDNA鎖切断に基づく染色体異常を効率良く誘発し、発がん物質や紫外線は塩基修飾に基づく点突然変異を誘発するとされている。我々はさまざまな環境発がん因子のゲノムに対する変異作用を個体レベルで検討するため、欠失変異と点突然変異を検出するgpt deltaトランスジェニックマウスを開発し、これを用いて放射線(γ線、X線、重粒子線)、紫外線、発がん物質(ヘテロサイクリックアミン、マイトマイシンCなど)によって誘発されるゲノム変異を分子レベルで解析してきた。重粒子線照射は肝臓に1 kb以上の大きな欠失変異を誘発したが、点突然変異は誘発しなかった。これに対し、γ線とX線照射は欠失と塩基置換変異の両方を誘発した。紫外線照射は皮膚に塩基置換変異(ピリミジン塩基が隣接する部位でのG:C→A:T変異)を誘発したが、1 kb以上の大きな欠失変異も誘発した。こげた食品に含まれる発がん物質PhIPは、大腸に塩基置換変異(G:C→T:A)と1塩基欠失を誘発したが、大きな欠失の誘発は観察されなかった。マイトマイシンCは骨髄に塩基置換変異(二つの隣接する塩基が一度に変異するタンデム塩基置換)を誘発したほか、1 kb以上の大きな欠失を効率よく誘発した。以上の結果は(1)γ線やX線などの低LET放射線照射はDNA鎖切断以外にDNA塩基の酸化修飾に基づく塩基置換を誘発すること(2)紫外線や発がん物質はDNAの塩基を修飾することで塩基置換変異を誘発する以外に、複製停止・DNA鎖切断に基づく欠失変異(染色体異常)を誘発することを示している。