抄録
宇宙放射線の線質やエネルギーの大きさに対する影響を評価する生物的方法の確立は立ち遅れており、国際宇宙ステーション事業が始まるに際し、宇宙環境の安全性評価方法を確立することが急務である。我々は、1997年5月にカイコ卵をスペースシャトルに搭載し宇宙放射線や微小重力の影響を調査した結果を踏まえ、またカイコ卵を6ヶ月以上の長期にわたって宇宙に滞在させることが可能であることから、国際宇宙ステーションを利用した以下の生物実験を計画している。すなわち、カイコ卵を宇宙ステーションに長期間滞在させ、この間における被曝線量とふ化幼虫の体細胞突然変異発生ならびに次世代への影響と遺伝子発現との関連を検討する。このため、地上予備実験では黒縞系統のヘテロ接合体(卵)に重粒子線を照射したところ、ふ化幼虫の5齢期に黒い皮膚をバックに白斑を持つ体細胞突然変異個体が照射線量やエネルギーに依存して発生した。また、これらの成虫(蛾)にpe/re系統の蛾を交配したところ、卵色異常卵を産んだ蛾数は線量に依存して増加した。このように、宇宙放射線の生物的影響を個体レベルで評価できる系を確立した。さらに、宇宙では長期にわたる低線量被曝が想定されるので、卵齢に伴う放射線感受性について検討したところ、休眠覚醒後の胚発育再開2日間が放射線感受性が最も高い時期であることを見出した。そして、この時期の卵を用いることにより、照射卵に特異的な遺伝子発現を認め、これを指標に遺伝子レベルでの宇宙放射線影響評価が可能であることを明らかにしている。これらの実験と併せて、カイコの胚発生における胚の反転は微小重力下では起こりにくいので、ステーション内での0Gおよび1G下での胚発生の進行比較による反転異常の検証、および上述の個体レベル、遺伝子レベルでの放射線影響がステーション内の微小重力によって高められるかについて検討する。