抄録
放医研 HIMAC からのガン治療用 GeV 級重粒子線を用いて水の放射線分解収量を測定した。ビームは 4He2+ から 56Fe26+ までの 6 種を用いて LET を 2-183 keV/μm と幅広く変化させた。試料には MV (メチルビオローゲン)-ギ酸水溶液を用い、中性の条件で照射した際の MV+• 収量を吸光分析から決定した。この系では e-aq、•OH、H• の収量の和が近似的に MV+• 収量に等しく、トラック内反応における水分解ラジカルの挙動を反映する。ここで、ギ酸濃度を変化させることにより HCOO- が •OH を捕捉する時間スケールが変化するため、トラック内反応の進行を反映した MV+• 収量の変化も観測でき、LET 増加や捕捉時間スケールの進行に伴う MV+• 収量の減少が見られた。
収量測定と並行してモンテカルロ法シミュレーションも実施した。この際、未報告の反応を 3 つ追加することで実験結果をよく再現できた。さらに個々のトラック内反応に着目して検討を進めた結果、高 LET トラックでは水分解ラジカル同士のトラック内反応だけでなく、ラジカルが捕捉反応を介して他の生成物に置き換わったものもトラック内反応に大きく寄与することが分かった。このような反応のうち •OH が関与するものと生物学的影響との比較を試みたところ、COO-• 同士の反応が RBE と類似の LET 依存性を示した。ここで、COO-• は •OH + HCOO- → COO-• + H2O と生成するので、HCOO- を生体分子の 1 つと仮定すると COO-• は •OH による損傷と見なすことができる。COO-• 同士の反応はトラック内で近傍に生成した COO-• 同士の間で起こると考えられ、クラスター損傷に相当する指標と言えるため、重粒子線による細胞致死との関連の 1 つの説明が可能である。このような放射線化学シミュレーションによる RBE の説明はこれまでなされておらず、画期的であるが、修復機構なども含めてさらに検討をする必要がある。