抄録
高エネルギー重イオンはターゲット物質に対して特異的な照射効果を引き起こすことが知られており、生物影響研究の有力な“ツール”として期待されている。この特異的な照射効果は、イオン飛跡周りに高密度かつ不均一に生成する活性種の反応や拡散によるものと考えられる。生物を研究対象とした場合、水の分解によるOH(水酸化)ラジカルが主に反応に関与し、OHラジカルの反応機構の解明は照射効果を理解するために非常に重要である。本研究では、OHラジカルとの反応速度定数の大きなフェノールを選び、その水溶液に重イオンを照射し、生成物の定性・定量分析から、水中で連続的に減弱するイオンエネルギーを関数としたOHラジカル生成の微分G値を求めることにより、トラック内の反応の解析を試みた。さらに、OHラジカルの反応相手であるフェノールの濃度を変えて、すなわち照射直後における反応時間を変えて、OHラジカル収率の平均反応時間依存性を調べた。
フェノールを溶質とした水溶液試料に2-18 MeV/n程度のHe、C及びNeイオンを照射し、生成物の定性・定量分析を行った。3種類の構造異性体をもつ酸化反応生成物(ハイドロキノン、レソルシノール及びカテコール)について、その生成収量を、水中で進行方向に連続的に減弱するイオンエネルギーの関数として微分解析し、各生成物の収率(微分G値)を求めた。トラック内に生成した水素原子や水和電子とフェノールとの反応ではこれらの反応生成物は生じないので、生成物収率との比例関係から、水中放射線化学反応で最も重要と考えられているOHラジカルの収率を求めた。その収率は、水中における重イオンの比エネルギーとともに増加すること、同一比エネルギー核種では原子番号が大きくなるにつれて小さくなること、さらに平均反応時間1.5から300nsの間では時間経過に伴い小さくなることを明らかにした。