抄録
我々は長寿命ラジカルを変異源とする突然変異や形質転換の非標的モデルを提唱してきたが、そのラジカル観測方法において、線量や細胞の取り扱いなど生物実験と隔たりがあった。本研究では培養シリアンゴールデンハムスター胎児(SHE)細胞を用い、放射線生物実験と同等の線量(4 Gy)で ESR直接観測実験を行った。この線量ではESR観測限界レベル以下のラジカル収率しか期待できないが、照射後の代謝の機能不全によって徐々に生成してくる“遅発性長寿命ラジカル”があれば、それらを観測できる可能性がある。本研究では、照射後の遅発性長寿命ラジカルレベルの時間依存性とその生成機構について検討した。
コンフルエント状態であるT175フラスコ10個をγ線照射し(4 Gy)、照射後1, 5, 12時間後にESR用石英チューブに細胞を詰めて凍結し、ESR観測用試料とした。ビタミンC処理は、4 Gy照射後20分後から2時間後までの間、5 mMのビタミンCの入った培地で処理した。ミトコンドリアの電子伝達系阻害剤であるmyxothiazol(Myx)処理は、照射1時間前にMyx. 0.5 μMの入った培地と交換した。過酸化水素処理は、H2O2(1 mM)を含む無血清培地で30分間行った。未照射細胞中のラジカル濃度と比較して,照射後1, 5時間後に18, 36 %も増加することを見出した。照射後12時間後のレベルは5時間後のそれとほぼ同じであった。ビタミンC処理を行うと、照射によるラジカルの増分は未処理の半分に抑えられ、点突然変異誘発との関与が示唆された。Myx.処理した細胞を放射線照射してもラジカル濃度は増加しなかった。過酸化水素処理をすると、ラジカル濃度は31 %上がった。これらの結果より、突然変異や形質転換と関与する遅発性長寿命ラジカルの生成には、ミトコンドリア近傍で生成した過酸化水素が関与していることが強く示唆された。