抄録
放射線照射による遺伝子損傷の鍵となる初期過程を明らかにするために、パルスラジオリシス法によりDNA鎖上にカチオンラジカルを生成させ、その後の光吸収の変化を追跡した。DNA鎖上に生成したholeは最も酸化電位の低いグアニン(G)に移動する。このホール移動過程と、その後引き続いておきるH2OやO2との不可逆な反応過程が、DNA酸化損傷における重要な過程のひとつと考えられている。生成したGカチオンラジカルは直ちにN1位のプロトンが脱離しGラジカルが生成することが知られている。それに対して、DNA二重鎖におけるGのN1位はシトシン(C)と水素結合しているため、その挙動についてはよく分っていない。本研究ではGカチオンラジカルの脱プロトン過程を観測した。この過程はカチオンラジカルが生成後GのN1位プロトンがCに移動し、最終的に溶媒のH2Oに脱プロトン化する過程であると思われる。さらにこのことを確かめるために、Gと水素結合しているCの5位に置換基(X)を導入すると、明らかに、この過程が置換基の影響を受け、この速度定数は電子供与基のメチル基、電子吸引基のBrの順に遅くなっていることが分った。このことはG酸化に伴うN1からCへのプロトン移動がCの置換基により大きく変化していることを示している。次に溶媒による同位体効果について検討した。free のdGにおいて、H2Oにおける脱プロトン化の速度における同位体効果は1.7であった。一方オリゴヌクレオチドにおける同位体効果において、D2O中で顕著に遅くなっており、その同位体効果は3.8 であった。DNA鎖上に生成したカチオンラジカルのN1位の脱プロトン化にはいつくつかの過程から成り、そのうち観測される遅い過程はCの置換基効果、溶媒の同位体効果を顕著に受けることから、N3位のCの脱プロトン過程と考えられる。ここで問題となる点はDNA鎖中のホール移動の速度、あるいはDNA鎖Gの塩基損傷が脱プロトン化の過程に影響を与えるかどうかである。このことはホール移動の速度が脱プロトン過程に比べて充分大きいことを反映している。