抄録
我々は、高密度電離放射線の照射により誘発される複雑なDNA損傷(クラスター損傷)の構造の解明を目指している。今日まで主要なDNA損傷として、1本鎖切断(SSB)、2本鎖(DSB)切断及び塩基除去修復酵素を用いて鎖切断に変換することで可視化され得る酸化的塩基損傷などが、closed circular構造を持つプラスミドDNAをモデル分子として用いることで定量されてきた。しかしこれらの方法では、以下のような損傷検出の限界がある。すなわち、DSBを誘発するほど近接していないが両鎖にSSB(塩基除去修復酵素の作用で生じた付加的なSSBを含む)が生じた(>6 bp)場合でも、通常の1本鎖切断の結果生じるopen circular構造になるため、過去のシミュレーション研究で予測されている多重SSBは検出できない。この問題を克服するため、DNAの変性を利用する新しいアッセイ方法を開発した。照射したプラスミドDNAを、制限酵素(Hind III)で処理することで直鎖状にした後にホルムアミド(50% v/v)を加え、熱脆弱部位の切断が生じないよう37℃、5分間という穏やかな変性条件で処理することで1本鎖DNA(SS-DNA)にした。この後アガロース電気泳動法により放射線照射で切断されずに残存した無傷のSS-DNAの量を定量した。間接効果が支配的で1ヒット理論が十分適応できる希薄溶液試料に対してX線照射した場合には、予想通りDNAの方鎖だけが切断され相補鎖は無傷であることが、残存S S-DNAの線量効果曲線から結論された。講演では、これらの結果を高LETイオンビーム照射の結果と比較し、新しい方法がクラスターDNA損傷の直接観察に有効であるかどうかを議論する。