抄録
「中性子による生物作用は、DNA分子をとりまく媒質を構成する原子が中性子による反跳を受けてDNA分子を照射する効果によって引き起こされる」と説明されて来た。反跳原子は水分子からの陽子や酸素イオンが主なもので、少量ながら他の細胞構造体(たんぱく質や脂質)からの炭素イオン、窒素イオンなどがあると考えられている。中性子はこれら高LET粒子線を成分として持つ放射線として、X線とのRBEが放射線生物影響研究の当初から議論されてきた。中性子線は殆どの場合、エネルギースペクトルをもった状態での照射であり、媒質の原子の反跳確率も粒子ごとに異なる中性子エネルギー依存性である。反跳された原子のエネルギーもまたスペクトルを持ち、即ちLET分布を持つ。これら反跳原子(重粒子)による生物作用のデータはかなり蓄積されて来たが、単色エネルギーの重粒子についての作用機構の完全な理解には至っていない。これらの状況は上記「」内説明の検証を困難にしている。
我々は荷電粒子の生物作用をDNA損傷生成から記述する理論モデルを開発し前回の大会で報告した。今回はこのモデルを中性子に対して適用してみた。その結果、中性子による生物作用は、これまでいわれていた上記「」の荷電粒子による成分のみならず、DNA分子を構成する原子が反跳を受ける効果(ここではatomic deletionと呼ぶ)の成分の存在が新たに示唆された。Fission neutronsによる細胞死を例にとると、このatomic deletion効果の全体の効果に占める割合は15%(aerobic conditions)や55%(hypoxic conditions)にもなっており、atomic deletion一個のDNAへの生起することの重篤度を荷電粒子一個のDNAへ生起する損傷の重篤度と比較すると、3.1+/-1.1 倍(aerobic)であり、6.8+/-1.2倍 (hypoxic)と見積もられる。
この中性子に対するモデルにより、中性子線による生物作用をなす2つの機構、atomic deletionと荷電粒子の電離励起作用、それぞれの寄与の仕方を中性子エネルギーごとに見積もることができる。中性子のRBEも2つの成分からなり、エネルギーが100keVより低い中性子ではこれまでと異なったRBE値を示唆している。