抄録
ヒトグリオーマ由来NP-2細胞に重粒子線を照射すると、巨大化・扁平化した細胞の出現や細胞質内の顕著な顆粒蓄積が見られた。このような形態変化は、老化細胞の特徴として知られている。そこで、さらにいくつかの老化マーカー [Senescence-associated β-galactosidase (SA-β-Gal) の発現、lipofuscinの蓄積、lysosome形成の亢進] を調べると、すべてに陽性の結果が得られた。また、5-bromodeoxyuridineの取り込み試験を行うと、ほとんどのSA-β-Gal陽性細胞は、DNA複製を停止していた。これらの結果は、重粒子線を照射したNP-2細胞に増殖停止を伴う老化様形質が誘導されてきたことを強く示唆している。一般的に、細胞老化にはテロメア短縮を伴うreplicative senesecence と、伴わないstress-induced premature senescence (SIPS)に分類されている。本実験においてSouthern blotting解析により、SA-β-Gal陽性細胞における平均テロメア長に変化が認められなかったことから、後者のタイプ (SIPS)の細胞老化であることが示唆された。これまでに、老化細胞は、酸化ストレスの高い状態にあることが報告されているが、本実験の老化様形質を示す細胞も高い酸化ストレスの状態にあることが明らかとなった。また、細胞老化における増殖停止にp53が重要な働きをしていることが知られている。しかし、本実験に用いたグリオーマ由来細胞株は、変異型のp53をもっているために、p53非依存性メカニズムにより、老化様形質が誘導されたものと推測された。重粒子線照射による老化誘導の分子メカニズムの解明は、がんの重粒子線療法における重要な基礎的知見として役立つものと考えられた。