抄録
筋ジストロフィーは筋力低下と筋の壊死、変性を伴う進行性の疾患群の総称である。このうち一大グループを成しているのが細胞膜周辺に局在する蛋白質の異常を原因とするものである。現在、これらの筋では、細胞膜が損傷を受けやすい、あるいは受けた損傷を修復しにくいことが発症の原因であるという仮説が有力である。しかしin vitroの実験において骨格筋の細胞膜に損傷を与える適切な方法がなく、筋ジストロフィー発症のメカニズムを解析する上で妨げとなっている。そこで我々は重イオンマイクロビームが局所に高LETで細胞を照射できる性質に着目し、細胞膜に損傷を与える目的で骨格筋筋線維に対する照射実験を行なった。
はじめに野生型マウス骨格筋より単離した筋線維に重イオンマイクロビームを照射し、電子顕微鏡観察により照射の影響を解析した。照射領域の細胞膜では不規則な突起と陥凹、基底板の断片化が見られた。また照射領域の細胞質では筋原線維の配向の乱れ、筋小胞体の内腔の拡大が見られた。また照射後7分以降自家食胞が多数見られた。22分後にはさまざまな大きさ、形態の自家食胞が観察された。
さらに、筋ジストロフィーのモデルで、肢体筋型ジストロフィー2B/三好型筋ジストロフィーの責任遺伝子であるdysferlin 遺伝子が変異した SJLマウスについても観察をおこなったところ、野生型マウスで見られた細胞膜、細胞質の損傷に加え、筋原線維のあったと思われる領域を自家食胞や不明な膜系が占める像が見られた。
以上の知見は重粒子線により骨格筋細胞の細胞膜、細胞質に損傷が引き起こされることと、その損傷を除去する機構としてオートファジーが機能していることを示唆している。またSJLマウスで特異的に見られた像と dysferlin、ジストロフィー発症との関連については現在解析中である。