抄録
放射線は局所制御が可能であるという利点から癌治療に広く利用されている。標準的な放射線治療は毎日2Gy、総量50-90Gyの照射からなっているため、放射線治療時の被ばく影響を理解するためには、長期間にわたる分割照射の生物影響を解明する必要がある。我々は、ヒト癌細胞株HepG2とHelaにX線0.5Gyを12時間毎に照射(分割照射)し、細胞増殖への影響について解析を行なった。分割照射1月後(長期被ばく)に、細胞がDNA合成期(S期)に蓄積するという細胞周期の異常が観察された。さらに、急性の被ばくに対し非照射株ではG1/Sチェックポイント機構による細胞増殖の抑制が見られたが、長期被ばく株ではG1/S停止が観察されず、G1/Sチェックポイント機構が機能しないことが示唆された。長期被ばく株ではG1期からS期への進行に必要なサイクリンD1が過剰発現していた。この過剰発現は、サイクリンD1の分解を制御するグリコーゲン合成酵素リン酸化酵素(GSK3beta)がAKT/PKBにより恒常的に不活性化されることで、サイクリンD1の分解が阻害される結果起こることを明らかにした。S期におけるサイクリンD1の高発現はDNA複製の進行を阻害するため、長期被ばく株ではS期の遅延により細胞が蓄積すると考えられる。また、長期被ばく株では、DNA二重鎖切断が観察されることから、サイクリンD1の過剰発現がゲノムの不安定性を誘導することも示唆された。
以上の結果より、放射線長期被ばくは、サイクリンD1の分解抑制による過剰発現を通して、細胞周期制御の異常とチェックポイント機構の消失を誘発することを明らかにした。さらにサイクリンD1の過剰発現がゲノムの不安定を誘導することも示唆される。本研究から明らかになった長期放射線被ばくによるゲノム不安定性の誘発が、放射線治療後に観察される放射線二次がんの誘発に関与していることが示唆される。