抄録
低線量放射線の細胞影響は分子レベルでの解析が進んでいるが、表現形質の変化と分子レベルでの変化の関連を示すには未だ十分ではない。我々はインスリン共存下においてヒト乳癌由来細胞株(MCF)の感受性が高まり低線量(0.25Gy程度)ではインスリン非存在下ではみられなかった生存率の変化がMTSアッセイ法により検出されたこと、またこの変化はコロニー形成法ではみられないことからインスリン存在下でみられた変化は細胞増殖阻害によるものだということを明らかにしてきた。今回はこのインスリンが修飾すると考えられる情報伝達系に関わる分子を探索し、その機構を明らかにすることを目指した。
(実験方法)MCF7をインスリン存在下、非存在下で培養し、X線照射(線量率0.9Gy/min)でみられる細胞増殖変化をMTSアッセイ法で評価した。細胞情報伝達系としてPI3キナーゼカスケードについて阻害剤LY290042を用いて影響を調べた。さらにインスリン存在下、非存在下で放射線被ばく後発現誘導される遺伝子を探るため、mRNAを採取し、インスリン情報伝達系関連シグナル分子の解析をSuperArray社のマイクロアレイを用いて、同社解析ソフトにより評価した。
(結果と考察)細胞増殖の変化がインスリン存在下でみられる現象であることからインスリンシグナルにおいて重要な役割を果たすと考えられるPI3Kの関与を調べたところインスリン非存在下でLY290042を導入するとインスリン導入と同様の効果が現れることがわかった。しかしPI3Kカスケードの下流にあるとされるAktのリン酸化は確認できなかった。一方でマイクロアレイ解析によりインスリン非存在下では照射により発現が2倍以上増え、インスリン存在下ではその上昇がみられなくなる3種の分子を同定した。これら同定された3つの分子種、PI3カスケードの低線量域での機能について議論する。