抄録
放射線は、DNA鎖切断を引き起こし、修復ミスによるゲノム異常(欠失、転座)、そして修復できない場合は細胞死を誘導する。また、遺伝的不安定性の誘導により、遅延型の突然変異率が高める。従って、発癌においては、突然変異細胞ができるイニシエーション、細胞死に引き続いておこる組織再生による変異細胞のクローナル拡大と複製エラーの蓄積(プロモーション)、さらにプログレッションのどの過程にも関与することを意味する。複製エラーは、ミスマッチ修復酵素により制御されている。本研究では、放射線が複製エラーによる発癌にどのように影響するかについて、Mlh1遺伝子欠損マウスを用いて検討した。
Mlh1-KOマウスは、消化器系がんやリンパ腫を自然発症し、ヒトの遺伝性非ポリポーシス大腸がんのよいモデルと考えられる。生後2週と10週に2Gyのガンマ線を照射したところ、自然発症に比べ、Tリンパ腫と消化器系がんの発生が促進された。自然発症Tリンパ腫において、がん抑制遺伝子であるIkarosを解析したところ、Ikarosタンパクの発現は認められないものが70%あった。これは、Ikaros遺伝子のCやGのモノリピート配列に一塩基欠損のフレームシフト変異によるストップコドンの生成が原因であった。一方、放射線誘発リンパ腫のIkarosは、一つのリンパ腫や一つのアリルに複数のフレームシフト変異や点突然変異を持つ複雑な変異が存在し、複製エラーの生成が促進されていると示唆された。また、照射後のリンパ腫の発生は短期間に急激に起こることから、すでに存在していた前リンパ腫細胞のクローナルな拡大も促進していると考えられた。以上の結果から、放射線は、ミスマッチ修復欠損による複製エラーを増加させ、その結果、発がんを促進することが示唆された。
本研究は、日本化学工業協会が推進するLRIにより支援されました。