抄録
DNA二本鎖切断(DSB)は最も重篤な放射線生物影響のひとつであり、高等真核生物では、おもに非相同末端結合(NHEJ)により修復されると考えられている。XRCC4は、DSBの再結合を担うDNAリガーゼIV複合体の活性および安定性に関与し、NHEJに必須の因子である。一方、Artemisはそのままでは再結合できない「汚い」DSBの末端を、再結合可能な末端に変換するヌクレアーゼと考えられているが、切断末端の形状によってはNHEJ修復に必須ではないとも考えられている。我々は、ヒトにおける放射線リスクに対してXRCC4とArtemisがどのように関わるのかを明らかにするために、ヒト大腸がん由来HCT116細胞株において遺伝子ターゲティング法によりXRCC4欠損細胞(XRCC4-/-)、Artemis欠損細胞(Artemis-/-)を樹立し、両細胞の各種DNA損傷ストレスに対する感受性を、生存率を指標として親株と比較した。XRCC4-/-は、X線、etoposide、5-fluorodeoxyuridineに対して極めて高い感受性を示し、camptothecin、methyl methanesulfonate、cisplatin、mitomycin C、hydroxyurea、aphidicolinに対しても明らかに高い感受性を示した。Artemisが「汚い」DSBの修復にのみ関与するのであれば、Artemis-/-の感受性の増加は、XRCC4-/-を超えない範囲と考えられたが、予測通り、ほとんどのDNA損傷ストレスに対して矛盾の無い結果が得られた。しかし、DNA架橋剤のmitomycin Cおよびcisplatinに対しては、Artemis-/-がXRCC4-/-よりも高感受性であることを示す結果が得られた。また、ヌクレオチドプールに作用するhydroxyureaに対しては、Artemis-/-は親株よりも耐性であった。これらの結果から、ArtemisがNHEJ以外のDNA損傷ストレス応答過程にも関与する可能性が示唆された。