抄録
電離放射線によって生じるDNA損傷のスペクトル(損傷の種類・量・分布等)は、線質(光子エネルギー、荷電粒子の種類・エネルギー・LET)によって異なるといわれているが、その程度については今だ統一的な見解は得られていない。実験による損傷データは何らかの分析方法を用いて得られるが、ひとつの方法で得られる情報は、全体の損傷のごく一部であり、また目的の損傷を定量的に正しく検出できているか確証を得るのは困難である。したがって、検出対象となる損傷を2種類以上の方法で定量し、比較・考察することで、ひとつの方法では得られない知見が得られると期待できる。
我々はこれまでに、60Co γ線等いくつかの線質で生じた損傷の、分析方法間の比較を行ってきた。DNA損傷の程度(一本鎖切断ssb、二本鎖切断dsb)を知るための手段としては、閉環プラスミドDNAの鎖切断による3次元構造変化をアガロース電気泳動で見る方法(以下、閉環プラスミド法)が最も良く知られているが、ssbの収率に関しては過小評価されるといわれている。実際、鎖切断の絶対量の定量が可能な、phosphodiesterase Iを利用した方法(SVPD法)[1]を用いて、60Co γ線によって乾燥DNA試料に生じる鎖切断収率を求めた結果、その値は閉環プラスミド法による値のおよそ1.3倍であった。この例が示すように、ある分析方法で検出できている対象は何か、得られる量が絶対量か否か等について、十分考慮した上で結果の判断及び結論を行う必要があるといえる。
本発表では、いくつかの放射線で得られた損傷データ、過去の報告等を例示しながら、放射線化学と放射線生物学の橋渡しに益するDNA損傷データを実験的に得ていくための道程について議論したい。
[1] Akamatsu, K., Anal. Biochem. 362 (2007) 229-235.