抄録
電離放射線の生物障害作用は、物理的~化学的~生物的過程を包含する多段階機構であり、その全ての過程における分子機構の解明は放射線生物作用の全貌を明らかにする上で重要な研究テーマである。その多段階機構の中で、遺伝物質であるDNAに対する直接的間接的な電離作用は実際的な生体構成分子の変化としての重要な初期過程であり、 DNAがもつ遺伝情報の変容を引き起こし、致死や突然変異などの最終過程の主要因である。このような観点から、放射線生物学の歴史において、DNA損傷研究は常に重要な位置を占めてきたが、近年、放射線生物作用におけるDNA損傷の重要性はすでに自明のことであるとし、本学会においてもその解明に対する興味が薄れてきている。しかしDNA二本鎖切断や酸化塩基損傷など、これまでに研究されてきた損傷は、いずれも簡単な構造をもつものばかりであり、複雑な構造をもつクラスターDNA損傷などについては、古くからその発生は確認されてきたものの、その生成収率や構造、また生物効果や修復などについて不明な点が多く残されている。また重粒子線などX線・γ線などの比較的簡単に利用できる線種以外によって生じるDNA損傷についても同様である。さらに、これまで用いられてきたDNA損傷の解析法についても、検証されることなく経験的に使われてきている問題点も存在している。本ワークショップでは、未だ不明な点が多いクラスターDNA損傷およびクロスリンク型DNA損傷に関する研究のプログレスと、放射線DNA損傷の解析法に対する問題提起について、現在それらのテーマに精力的に関わっている若手研究者による口演を行い、放射線DNA損傷研究の偉大な先達である山本修広島大学元教授に本テーマの歴史的概観を行って頂く。以上の議論により、放射線生物作用の初期過程における重要なキーステップであるDNA損傷発生過程の重要性について再認識したい。