抄録
放射線による生物影響のうちで最も深刻な損傷はDNA二本鎖切断(DSBs)による遺伝子損傷である。低線量率・低線量照射におけるDSBsの定量的検出は高線量率・高線量に比して困難であったが、γ‐H2AXフォーカスの定量による検出方法がこの低線量照射におけるDSBsの高感度検出を可能にした。
そこで、C.B 17 scid /scid(DSBs修復欠損型)とC.B17+/+(野生型)マウス系統のそれぞれの末梢白血球と両マウス由来のリンパ球培養細胞への高線量率(1Gy/min)、低線量率(1Gy/day)ガンマ線1Gy照射におけるγ‐H2AXフォーカスの定量的検出を行い両系統での経時的消長の差異を比較検討した。
その結果、照射後3分には両系統とも末梢白血球核内のγ‐H2AXフォーカスの形成、増加が認められ、60~100分でピークを迎えた後、C.B17+/+ではピーク時の約半分量まで減少し、そのまま480分まで横ばいとなった。一方、C.B 17 scid /scidでは、ピーク時のままで減少が認められなかった。また、C.B 17 scid /scidのリンパ球培養細胞においては大細胞と小細胞の分画が存在し、大細胞分画ではC.B17+/+末梢白血球と、小細胞分画ではC.B 17 scid /scid末梢白血球と同様なγ‐H2AXフォーカスの消長を示した。
本研究によりin vivo系では末梢白血球がG0ステージで非分裂系である点から低線量率でもscid マウスでの遺伝子損傷は蓄積されて長期保存されること、また、in vitro系のscid培養細胞では、Rapamycinを培養液に20nM添加してG1ブロックをかけることで小細胞分画が多くなり、低線量率作用の損傷が修復されず蓄積することがわかり、生物線量計としての応用性も示された。
また、野生型の末梢リンパ球、培養リンパ球細胞においてもγ‐H2AXフォーカスピーク後に少量のフォーカスが長期間安定的に残存することが観察され、このポイントでの線量依存的なフォーカス定量の可能性が示唆された。
さらに、これらの知見を利用することで、DNA二本鎖切断を誘発するような放射線、化学物質による治療の処置前検査として患者から採取した白血球における放射線によるγ‐H2AXフォーカスの消長パターンを調べることで処置後のダメージ強度など放射線感受性の個体差を考慮した個別治療への応用が期待できる。(文科省、学術振興会の支援による)