抄録
哺乳類細胞の細胞周期のM期においては、高度に凝縮した染色体の上で転写は完全に停止する。転写因子やRNAポリメラーゼは遺伝子から脱落し、活性遺伝子特有のクロマチン構築も失われる。このことから、M期染色体は代謝の面では不活性なものと一般に考えられてきたが、一方、凝縮したM期染色体上でもDNA修復が起こりうるとする報告も過去いくつかある。そこで、私たちは、ノコダゾールを用いてM期に停止させたHeLa細胞における、電離放射線および紫外線誘発DNA損傷の修復の効率を検討した。
15GyのX線を照射した際に生成するDNA二本鎖切断をstatic-field gel electrophoresisで調べたところ、1時間以内にそのかなりの部分が修復されており、これは過去の報告と符合する。また、10J/m2の紫外線(UVC)を照射した際に生成する(6-4)光産物をELISA法で調べた場合にも、1時間以内にそのかなりの部分が修復されていた。
このようにM期においても効率的なDNA修復が観察されることから、染色体の凝縮は核酸プロセシング(あるいは酵素などのタンパク質の標的DNAへの接近)を妨げる決定的要因ではないと考えられる。それにもかかわらずM期に転写が全停止するのは、おそらくそのための独自の機構によるのであって、染色体の凝縮自体は直接関与していない可能性を示唆するものと考える。