抄録
【背景】
発がん機構については、DNA損傷による癌遺伝子、及び癌抑制遺伝子の突然変異が蓄積した結果であるとする「突然変異説」が主流である。しかし、古くからがん細胞では高頻度に染色体の異数化見られ、発がんの初期に染色体異数化が重要な働きを果たしていると推測されているがその詳細は明らかにされていない。そこで、人工的に染色体を異数化した細胞を作成し、染色体異数化が細胞にどのような影響を及ぼすかを調べることは、極めて興味深い。我々は、染色体の異数化ががんを引き起こすか否かを解明し、その発がん機構を解明することも合わせて目指している。
【材料と方法】
細胞は、不死化したヒト間葉系幹細胞を用いた。この細胞を受容細胞として、微小核融合法により、ヒトの1番、7番、または8番染色体をそれぞれ1本のみ導入した細胞を樹立した。対照細胞としては、各移入染色体上に存在する薬剤耐性遺伝子のみを発現させた細胞を作成し使用した。これらの細胞における発がん性の指標として、細胞増殖率及び足場非依存性増殖率を調べた。また、染色体不安定性の指標として染色体異数化頻度、及び微小核形成頻度を調べた。これらの解析により、1本だけ染色体を移入した細胞における染色体不安定性と発がん形質の変化について検討した。
【結果】
各細胞の細胞増殖率は、ほとんど変わらなかった。一方、染色体移入細胞における染色体の数を調べたところ、7番または8番染色体移入細胞では染色体数が対照細胞に比べて不安定である傾向が観察された。さらに、足場非依存性増殖率について調べたところ、7番または8番染色体移入細胞では、対照細胞の約1.5倍の高い頻度で足場非依存性増殖が観察された。これらの結果より、一本のみの染色体の異数化は、染色体安定化機構を撹乱し、最終的に発がんにつながる可能性が示唆される。