抄録
近年,原子力発電所の増加など我々が放射線被曝するリスクは拡大しているが,そのトリアージ法(識別救急)は未だ確立されていない。本研究では,このような災害時でも採取が容易な尿検体から,被ばく線量を推定できるバイオマーカーとなるペプチドを探索するため,被ばくマウスの尿プロテオミクス解析を行った。
B6C3F1マウス(8週齢)に対し,137Csを線源として0.25 Gy~4.0 Gyのγ線を照射した。被ばく後4 , 8および24時間後に採取した尿についてHPLC分取し,MALDI-TOF MS測定した結果,m/z 2820のペプチドが被ばくマウス尿中で特異的に増加した。このペプチドをESI-Q-TOF MSによりMS/MS測定し,相同性検索を行ったところhepcidin 2であることがわかった。次に被ばく後の尿中hepcidin 2濃度の経時変化をみたところ,0.50 Gy以上の場合には被ばく後24時間で3~5倍に増加していた。また0.25 Gyの場合では,被ばく後4~8時間でhepcidin 2の一時的な増加(約2倍)が見られたが,24時間後には被ばく前と同程度まで回復する傾向にあった。この結果と被ばく後24時間での肝臓におけるhepcidin 2のmRNA発現量を比較したところ,その増加傾向は類似していた。
Hepcidinは体内の鉄代謝を制御するホルモンとしての役割をもつことが報告されており1),また放射線被ばくにより骨髄の機能障害が引き起こされることも知られている。したがって今回のhepcidin 2の増加は放射線による骨髄の造血機能低下がもたらした血液中の鉄バランスの変動が原因ではないかと考えられる。以上の結果からhepcidin 2は放射線被ばくのバイオマーカーの一つとなりうることが示唆された。
1) Nemeth E et al., Science, 306, 2090-2093 (2004)