抄録
原爆放射線による被爆者の遺伝子の変化並びに被爆と被爆者からの児の先天異常との関連性については不明点が多い。Neelらによる1956年の長崎での調査で否定的な報告もされている。しかし奇形全体の発生頻度を総合的に考慮する際、外表奇形と内臓奇形との関連性の剖検例による検討が重要である。本研究では剖検結果による検索を被爆影響の一指標とし、被爆地域での早期剖検例で原爆放射線がヒトに及ぼす影響を検討した。剖検例は選択的に行われたものではなく、医師らあるいは家族の任意的ご好意によるものであったことを考慮すれば、本研究の剖検例は無作為的に得られたものと考えられる。その結果、長崎・広島の被爆者、非被爆者から得られた流・早・死・産児及び新生児死の剖検所見(1946-1984年)に関しての各臓器の奇形概要については、先天奇形図譜(丸善広島出版サービスセンター)に纏められている。被爆地域での早期剖検例で被爆群において生じた異常発生では、高頻度の頭部顔面・咽頭弓奇形や心臓血管系奇形などが認められる。転写因子や遺伝子の異常・変異、心臓形成領域・神経堤障害・機能異常、内皮・上皮-間葉転移の異常並びに心・大血管異常、咽頭弓部異常などの疾患の形成に原爆や放射線など環境ストレスが関与する可能性を示唆している。次世代児における被爆影響に関して仮に影響があるとすれば、致死または成年期か老後期での疾患発症の原因ともなりうる事が推測される。しかしながら、被爆影響に関する明確な結論を出すには更に数次世代におけるそれらと関連のある調査が必要であると考えられる。従って将来的には疾患発症に関与する候補遺伝子を考察し、それぞれの疾患の原因となる疾患発症原因遺伝子の役割解明を試みる。その制御機構におけるガイダンス因子の役割が包括的に理解されることにより、今後の疾患発症の予防、治療薬剤の開発や臨床応用への道が開かれることが期待される。