抄録
胎生期の発達途中の脳内では、神経幹細胞は増殖をしながら中枢神経系を構成するニューロンやアストロサイト、オリゴデンドロサイトへと分化する。そのため、この時期における放射線被ばくにより、神経機能不全や小頭症、発達遅滞のような神経障害が引き起こされる。本研究では、C57BL/6由来のES細胞から調製した神経幹細胞を用いて、神経幹細胞の増殖能および分化能に対するX線照射の影響を検討した。増殖条件下の神経幹細胞に種々の線量のX線を照射すると、細胞の生存と増殖が線量依存的に影響を受けた。5 Gy以上照射された細胞は、細胞数が顕著に減少し、その後増加しなかった。一方、1 Gy照射された細胞は、照射後1日目には細胞数が増加しなかったが、その後は非照射細胞とほぼ同じ倍加時間によって増殖した。さらに、神経幹細胞のマーカーであるnestinの遺伝子およびタンパク質を発現することを、リアルタイムRT‐PCR解析法および蛍光免疫染色法により確認した。次に、1 Gy照射後4日目の細胞を継代した後、増殖条件下で培養したところ、細胞は非照射細胞と同様に増殖した。一方、細胞を神経系細胞への分化誘導条件下で培養すると、細胞の形態は非照射細胞と同様に変化して、ニューロンのマーカーであるNF-H陽性のニューロン、およびアストロサイトのマーカーであるGFAP陽性のアストロサイトが出現した。このとき、nestin遺伝子の発現が低下し、ニューロンのマーカーであるMAP2遺伝子やGFAP遺伝子の発現が上昇した。以上の結果から、神経幹細胞は1 Gyの照射を受けた後においても、増殖能と、神経系細胞への分化能を維持することが示唆される。