抄録
低線量影響の虚像と実像:社会的使命と学会に期待する今後の課題
佐々木正夫
京都大学名誉教授
東京電力福島第一原子力発電所の事故は我が国における放射線影響研究の現状を直撃し、研究者を震え上がらせる大きな出来事であった。研究者としての研究面での使命と、即応できる研究体制の構築の2点につて学会の今後に期待することを述べる。(1)社会的に関心が集中した放射線防護・規制基準の学術的な裏付けの脆弱性が浮き彫りにされ研究者の対応の軸足も大きく揺れた。ここでは、その原点となる原爆放射線の発がん影響を改めて新しい統計手法により解析した結果として、背景にある低線量「しきい値」、年齢効果、内部被ばく、線質効果、環境変異原との相互作用、DNA切断に働く修復経路選択などが統合的に働く生体制御という新しいパラダイムを提供し、低線量発がんリスクの定量化と新しい研究の深化に期待する。(2)我が国の影響研究はビキニ事件による環境汚染と人体影響から始まった。原子力利用に舵を切った我が国における大学を中心とした影響研究の推進と若手研究者の育成は放射線影響学会の悲願であり日本学術会議は多くの勧告、要望、対外報告を行政府に行ってきた。しかし、2001年の行政改革により従来のような機能は望めなくなった。上記の放射線影響の具体例が示すように放射線影響の研究は生命科学の最先端を巻き込んだ一種の巨大科学となる。経済的低成長時代における有効な戦略的研究の推進として文部科学省は共同利用・共同研究拠点制度を設けた。これらの研究拠点およびCOEが相互に連携し、全国の大学・研究所をネットワークとして巻き込んだ重点研究として放射線影響研究を推し進めることで全国的にポテンシャルを高め、研究が加速されることを望む。原子力開発のミッションには馴染まない大学の社会的使命でもある。