抄録
細胞に予め低線量放射線を照射すると、その後の高線量放射線に対する細胞死、染色体異常、突然変異の頻度が減少することが知られており、放射線適応応答と呼ばれている。我々は、放射線適応応答にPKCαやp38 MAPKなどの細胞内情報伝達経路が関与していることを明らかにしてきた。マウスm5S細胞を用いた研究により、放射線適応応答が起こるための前照射の線量は、1 – 10 cGyであり、10 cGy以上の前照射では、適応応答は誘導されないことが報告されている。しかし、このときの前照射は比較的高い線量率で行われており、従って前照射に要する時間は1分以内と、極めて短時間で終了している。生物が実際に受ける放射線被曝は、低線量率放射線を長時間にわたって被ばくすることが多いため、低線量率放射線で前照射を行った場合に、適応応答が誘導されるか否か、また誘導される場合にはどの程度の前照射線量により放射線適応応答が誘導されるかを検討した。前照射は、京都大学放射線生物研究センターの137Csを線源とする低線量長期放射線照射装置を用いて、約1 mGy/minの線量率で、種々の線量のγ線をm5S細胞に照射した。低線量率放射線を前照射した5時間後に、γ線5Gyを照射し、微小核形成を指標として、放射線適応応答を解析した。前照射の総線量が約30 -350 mGyの範囲で解析したところ、いずれの線量においても適応応答の誘導が生じていることが確認できた。従って、低線量率で前照射した場合には、高線量率で前照射した場合よりも、高い総線量においても、放射線適応応答が誘導されるということが明らかとなった。現在、より高い前照射線量についても検討を行っているところである。