抄録
【背景】
胎生期の高線量放射線曝露は、中枢神経の発達に障害を与えることが知られている。特に記憶、空間学習能力を司る海馬への障害は生後の生体活動への大きな妨げになる。動物実験等において利用されるマンガン造影MRIは、海馬によく集積し、その組織構築(層構造)を明瞭に描出することができる。本研究では、妊娠時に於ける親ラットの放射線全身曝露が、仔ラットの海馬に与える影響についてマンガン造影MRIおよびHE染色、各種免疫組織染色を用いて調べた。
【方法】
本実験は放射線医学総合研究所実験動物倫理委員会の承認を受けた。妊娠15日のSDラット–に0.5Gy(3匹)、1.5Gy(3匹)のX線を単回、全身照射した。対象群には無処置の動物を用いた。各群の母獣から生まれた雄仔5匹ずつを無作為に選び、4週齢においてマンガン造影MRIを用いて海馬の形態と体積の変化をIn-vivoで評価した。MRI撮像は、7.0T 水平型高磁場装置を使用し、撮影後のすべての個体に対し脳組織切片を作製し、HE染色および免疫組織染色(GFAP、IBA1、NCAM)を行った。海馬の各領域(CA1、CA2、CA3、DG)について病理組織所見とMRI画像を比較した。
【結果、考察】
放射線誘発脳障害ラットにおいて、全脳の体積が正常ラットに比べ有意に低下し、その変化はX線の線量に依存していた。海馬においても、X線の線量に依存した萎縮がみられ、1.5Gy照射群では海馬の委縮に伴い、側脳室内腔の相対的な増加がみられた。マンガン造影MRIでは、対照群では海馬のDG顆粒細胞層、CA2およびCA3の錐体細胞層が強い信号をCA1錐体細胞層が中程度の信号を示し、各領域において層構造が描出された。1.5Gy照射群では、DG、CA2、CA3領域の信号は保持されていたが、CA1領域では脳梁下に出現した異所性神経細胞塊の浸潤がみられ、この領域でみられるMRI信号が消失していた。HE染色より、X線照射群では、海馬各領域の神経細胞の乱れが観察され、CA1領域においては異所性細胞塊の浸潤による錐体細胞層の形成異常が認められた。NCAM染色ではCA3で苔状線維の異所性分布が観察された。一方、GFAP、IBA1染色では対照群とX線照射群とで染色像に差はみられず、グリア系細胞の発現・分布の異常は観察されなかった。以上の結果から、海馬においてマンガン造影MRIは、DG顆粒細胞層、CA錐体細胞層を描出し、胎生期X線照射による異所性細胞塊の出現とこれに伴うCA1領域の組織構築異常を検出した。この様にマンガン造影MRIはラットにおける海馬の形態異常の生体内評価において有用であると考えられた。