抄録
ヒトに、病原体が侵入した際、即座に自然免疫が発動し、遅れて特異性の高い獲得免疫の応答が発動する。自然免疫応はあらゆる植物や動物において認められる。モデル生物の1つ線虫C. elegansにおいても、緑膿菌など病原性微生物の感染により、自然免疫応答を発動することが知られている。これら自然免疫応答にみられる防御タンパク質や抗微生物物質の生産には、線虫からヒトに至るまで類似した機構が保存されている。私たちは、これまで、線虫の放射線応答遺伝子のなかに、lysozymeなど自然免疫の応答遺伝子が多数含まれていることを見いだしてきた。なかでもmucin様遺伝子F49F1.6は、その一次配列からヒトMucin-2と部分的に類似した分泌表層タンパク質をコードしている。本研究では、F49F1.6のRNAiによる発現抑制が、放射線照射により生育がより遅延することと照射後からの生育の回復が対照区と比較して有意に遅れることをみいだした。さらに、照射深度を変えた実験から、腸管において発現が誘導されることを示した。以上の結果から、本遺伝子は、細菌の感染や放射線障害による腸管の損傷の修復と保護の役割を担うことが考察された。また、遺伝子の発現制御に関する解析から、放射線応答と自然免疫応答に共通に誘導される多くの遺伝子の発現にp38 MAPKのシグナル伝達系が不可欠であること、また、GATA転写因子のなかでも腸管で発現しているELT-2がF49F1.6を含む幾つかの遺伝子の主な必須の転写因子であること、DAF-16(FOXO)がさらにこれら発現誘導を上げる調節的な転写因子であることを示した。以上の結果から、放射線と自然免疫の応答には、クロストークしたシグナル伝達系が存在することが示された。