抄録
有人宇宙飛行のリスクや放射線治療の副作用を考える際には、放射線被ばくの発がんリスクを評価することと共に、生命維持に必要な生体機能に対する放射線被ばくの影響を理解することが重要である。中でも、運動機能は、危険回避や捕食などを担う最も重要な機能の一つだが、運動に対する放射線影響は生体から切り離された組織や培養細胞を用いた実験系では評価できない。そこで、講演者らは、運動を指標とした行動(個体)レベルの実験系が確立されており、運動制御を担う神経が既知であるモデル生物線虫(C. elegans)に着目し、放射線(ガンマ線、重イオンビーム)の運動への影響を調べてきた。そして、線虫の全身にガンマ線を照射すると、体壁筋を駆使した全身運動(移動)や咽頭筋を駆使したポンピング運動(エサの咀しゃく・嚥下)が線量依存的に低下すること、およびこれらの運動低下が数時間後には回復することなどを明らかにした。また、一般に重イオンなどの高LET放射線は、ガンマ線のような低LET放射線に比べて高い生物効果を示すことが知られているが、線虫の運動に対する照射影響は、炭素線とガンマ線との間で差が無いことも明らかにした。本講演では、線虫の運動に対する放射線影響について概説すると共に、放射線による運動の低下やその回復のメカニズムを詳しく調べるための今後の研究の展開について議論したい。