抄録
ファンコニ貧血経路は、蛋白質リン酸化とモノユビキチン化により制御されるDNA損傷シグナル伝達ネットワークで、その異常によって稀な小児遺伝性疾患であるファンコニ貧血が発症する。複製ストレスによるファンコニ貧血経路の活性化の中核となっているのが、FANCD2とFANCIのモノユビキチン化である。我々は、以前の研究で、DNA損傷後のFANCIのリン酸化がFANCD2のモノユビキチン化の分子スイッチとして機能していることを明らかにした。また、ATRをノックダウンもしくは低発現させた細胞では、DNA損傷によるFANCD2のモノユビキチン化が低下することが報告されている。我々は、ATR-ATRIPキナーゼ複合体がファンコニ貧血経路の活性化に関与するのかを検討するために、ATRIPのATR結合部位をコードするエクソンをコンディショナルにノックアウトするニワトリDT40細胞を作成した。タモキシフェン投与によってATRIPをノックアウトすると、ATRIPの発現はほぼ完全に消失し、マイトマイシンCで誘導されるFANCD2のモノユビキチン化とFANCIのリン酸化も激減した。in vitroキナーゼ反応では、ATRがFANCIをリン酸化することが分かり、このリン酸化はFANCD2の存在下で増強された。さらに、我々は、同細胞でATRIPをノックアウトしたうえに、RPAとの結合部位を欠損したATRIPの変異体を発現させた場合には、FANCD2のモノユビキチン化が低下するのに対し、TopBP1との結合部位に点変異をもったATRIPの変異体を発現させた場合には、モノユビキチン化に影響がないことを見出した。これらの結果から、ATR-ATRIPキナーゼ複合体が、TopBP1を介したチェックポイントシグナルとは独立した機構で、ファンコニ貧血経路の活性化に重要な働きをもつことが示された。