2025 年 43 巻 p. 1-11
本研究は、日本の伝統文化専門職の芸妓が、キャリアの早い段階で新人舞妓の指導育成役を引き受けることに着目し、教える役割を担うこととキャリア形成との関連性について探究することを目的とする。
京都花街では経験数年から10年程の20代半ばの若手芸妓が、新人舞妓の指導育成役の姉芸妓を引き受けることがよく見受けられる。この新人舞妓の育成のための擬似姉妹関係は、一見さんお断りの取引制度の要となる事業者のお茶屋と芸舞妓志望者を迎え入れ育成する置屋の経営者が主体になり、育成者側の姉芸妓にとってもキャリア形成上プラスになることを考慮して構築されている。そして、姉芸妓になることは、獲得してきた技能の言語化や伝承、仕事の成り立ちの把握と関係者の職務の理解を促している。また、若手芸妓が妹舞妓を教えることを通じて、若手芸妓自身がデビュー時に結んだ先輩芸妓との関係性やキャリア形成の支援を受けたことを再認識し、芸妓という専門職を選択した意義や意味を捉えなおすことにもつながっている。
若手芸妓の伝統文化技芸の技能は、業界内で熟達したと認められるレベルではなく、新人舞妓を教えることが自らの技能向上のために直接的に役立つわけではない。しかし、「教える・教えられる」という両方の立場の経験は、自分を取り巻くデベロップメンタル・ネットワークを深く理解する機会となっている。また、若手芸妓は教える役割を担うことにより、学びのサイクルを円滑に回して、技能獲得の歩みを主体的に進めていることも示唆された。若手芸妓が教える役割を担うことにより、中堅者への壁を超え生涯にわたる熟達化の歩みを進めることにもつながっていると考えられる。