2024 年 2024 巻 FIN-033 号 p. 25-32
人工市場シミュレーションを用いて株価リターンの分布がファットテールになるメカニズムを分析する.伝統的金融工学理論では,株価のリターン分布に正規分布を仮定する場合があるが,現実にはリターンの裾野は冪分布のように振る舞うことが知られる.これまで,行動経済学や経済物理学を中心に,株価リターンに冪分布が出現するメカニズムについて,いくつかの要因が指摘されてきた.しかし,複数の要因を同時にモデル化し,相互作用の在り方を調べた研究はまだない.本研究では,人工市場シミュレーションと,最適輸送による定量評価を組み合わせた対照実験により,株価リターンの冪分布の生成メカニズムに関する仮説検証を行う.具体的には,1)需要サイズの冪分布,2)価格の情報効果,3)群衆行動の三要素をエージェントモデル上に位置付け,各要素をモデルに追加する設定としない設定での8 (=2^3)種類のシミュレーションを実施する.各シミュレーション結果からリターン分布の裾野の点群を収集し,実データから収集した点群との最適輸送距離を測定することで,三要素のそれぞれがどれだけシミュレーションを現実に近づけるのに寄与しているかを定量化する.提案した最適輸送による実/合成データの定量評価手法は,金融データ合成モデルの評価へと応用可能である.また,複数の要素が同時にモデルに追加された場合と,単独で追加された場合の冪指数の推定値を比べることにより,要素間の相互作用の存在を調べる.実験結果より,高頻度領域においては価格の情報効果が冪分布を生成する上で支配的な役割を果たしていることと,需要サイズの冪分布と価格の情報効果との間に相乗効果が存在することが明らかになった.